高度な技術が凝縮された一発

4年目の飛躍を目指すためにキャンプで練習に打ち込んだ前川
クリーンアップのあとを打つこの選手がシーズンを通じて活躍すれば、
阪神のV奪回が現実のモノになる可能性が一気に高まる。高卒4年目を迎えた
前川右京だ。
2月22日に行われたオープン戦・
楽天戦(金武)に「六番・左翼」でスタメン出場すると、3回二死一、二塁で
則本昂大の内角高めの直球を振り抜き、右翼席の防球ネットに突き刺さる3ラン。1ボール2ストライクと追い込まれた局面でバットを短く持ち、コマのように体を回転させる。高度な技術が凝縮された一撃だった。
昨季は自己最多の116試合出場で打率.269、4本塁打、42打点をマーク。満塁の場面では9打数4安打14打点と勝負強さが光った。362打席と規定打席に届かなかったが、出塁率.343は
大山悠輔の.338、
佐藤輝明の.327を上回る。ボール球になる際どい変化球を見極めて四球をもぎ取るなど打席で粘り強さが出てきた。各球団のエース級の投手と相性が良いことも心強い。昨年の対戦成績を見ると、
山崎伊織(
巨人)に打率.500、
森下暢仁(
広島)に打率.375、
大瀬良大地(広島)、
吉村貢司郎(
ヤクルト)に打率.300をマーク。打線全体で攻略に苦しんだ巨人の
戸郷翔征、
菅野智之(現オリオールズ)に対しても共に打率.286と苦にしなかった。
昨オフに
DeNAに電撃復帰が決まったサイ・ヤング賞右腕の
トレバー・バウアーも、前川の非凡な打撃センスに一目置いていた。当時高卒2年目だった2023年6月25日のDeNA戦(横浜)。3点差を追いかける5回。二死一、二塁の好機でバウアーのチェンジアップを右前に運ぶ適時打。7月12日の甲子園での対戦では、同点に追いついた8回に右中間突破の二塁打でマウンドから引きずり下ろした。バウアーは「前川選手は印象に残っている」とコメントしていた。
高校の先輩も4年目に大ブレーク

4年目の2018年に3割、30本塁打、100打点を挙げた巨人・岡本
プロ4年目で大ブレークした智弁学園の先輩が、巨人で不動の四番を務める
岡本和真だ。高卒3年間で計35試合出場にとどまっていたが、18年に全143試合出場し、打率.309、33本塁打、100打点をマーク。22歳シーズンでの「3割、30本塁打、100打点」は史上最年少の記録だった。現役時代に戦後初の三冠王に輝き、監督としても歴代5位の1565勝を記録した
野村克也氏は生前に週刊ベースボールのコラムで、岡本について以下のように語っていた。
「私も岡本と同じ4年目、開幕から四番に定着した。しかし相手に覚えられ、5年目はさっぱり。そこで相手の記録を丹念に見て研究し、ついには苦境を脱した。今でいう『データ野球』を個人的に導入したわけだ。バッティングについては、『敵を知り、己を知る』ことが最も有効だ。すると、相手の攻め方のちょっとした変化にも気づき、対応できる。わずか3割の成功で『一流』と呼ばれるのが、バッティング。技術力には限界がある。そこから先が、プロの世界。それを突破してこそ、“本物の一流”になれるのだ」
「
高橋由伸監督(当時)は、巨人と岡本の将来を考え、四番に据えたのだと思う。『中心なき組織は機能しない』が私の持論。四番とエースが安定してこそ、強いチームを作ることができる。しかし、だ。“不動の四番”と“仮の四番”はまったく違う。中心を担えるのは、前者のみ。岡本はまだまだ、『巨人の四番』たるスター性にも乏しいが、そこは環境が人を作るもの。マスコミにも協力してもらいながら、監督自身が腹を据え、岡本を“不動の四番”に育ててほしい」
岡本はその後に3度の本塁打王、2度の打点王を獲得するなど球界を代表するスラッガーに。プロ4年目の活躍が野球人生の大きな分岐点になった。
前川は憧れの岡本にどこまで近づけるか。中堅・
近本光司、右翼・
森下翔太と共に左翼で不動のレギュラーに定着し、六番で勝負強さを発揮すれば打点は自然に積み上がっていくだろう。23年にリーグ優勝、日本一を達成した際はシーズン終盤に一軍の舞台に立つことが叶わず、ビールかけの会場に姿がなかった。今年は最高のシーズンにして、喜びを爆発させたい。
写真=BBM