「人間交際(じんかんこうさい)」の場

祝賀会のスタートは『塾歌』である。ステージ上では三色旗の塾旗がなびいていた[写真=BBM]
定刻16時開宴。祝宴のオープニングは塾旗の入場である。三色旗が鮮やかである。そして、塾歌の斉唱。厳かな雰囲気の中でパーティーは始まった。
今春の東京六大学リーグ戦で5季ぶり41度目の優勝を遂げた慶大の祝賀会が7月25日、東京都内のホテルで開催された。大学、球界関係者など500人以上が出席した。
主催者である三田倶楽部(慶應義塾体育会野球部OB・OG会)の深澤晶久会長は冒頭のあいさつで「ここにいらっしゃる方が一人でも欠いたら、この春の優勝はなかったと申し上げていいと思っております」と、まずは、出席者へ感謝の言葉を述べた。そして「祝宴の場では、選手にどうかお祝いのお言葉をおかけいただければありがたいですし、ここに今日お集まりの方、皆さん同士の、大いに懇親を深めていただいて、福澤諭吉先生のおっしゃる、まさに『人間交際(じんかんこうさい)』の場とさせていただければ、大変ありがたいなと思っております」と語り、プレーボールがかかった。
野球部の加藤貴昭野球部長は今春のリーグ制覇の意義について触れた。
「(対戦の5大学から勝ち点を挙げる勝ち点5の)完全優勝という形でリーグ戦を制覇し、天皇杯を奪還することができました。今年は東京六大学が101年目の年であり、新世紀の始まりの年でした。それから令和初となる天覧試合も行われたシーズンでの優勝、これは歴史的に見ても大変大きな意義があったというふうに感じております。天覧試合は残念ながら結果としては負けてしまったんですけれども、素晴らしい試合だったと思います。素直に、早稲田大学の皆さんに敬意を表したいと思います。連盟理事として天皇陛下と愛子さまにごあいさつをするという役目を務めさせていただいたんですが、最初、お迎えするときには『この試合を本当に楽しみにしてまいりました』ということと、最後には『素晴らしい試合を本当にありがとうございました』という褒めの言葉をいただきました。日本の野球界の中での早慶戦の意義、慶應野球の果たすべき役割というのをあらためて実感いたしました」
優勝を決めた日のパレードが忘れられない。神宮球場から三田キャンパスまで歩いた。
「沿道からも本当に多くの皆さん、塾生、塾員、一般の方々から温かい言葉をいただきましたが、これはまさに慶應の『社中協力』の姿そのものだというふうに感じております。シーズン一緒に戦ってくださった應援指導部の皆さん、それから各三田会の皆さん、そして体育会の皆さん、関係者の皆さんにあらためて御礼を申し上げます。チームとしては、すでに秋のシーズンに向けてスタートしておりますが、この春の全日本大学野球選手権ではあと一歩、届かなかったという悔しさを胸に、真の目標である日本一に向けて、それから未来の先導者としての役割を果たすべく、野球部全員で精進してまいりますので、今後ともご支援、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます」
期待とは超えるもの

前塾長である全日本大学野球連盟・長谷山会長は学生たちに学生スポーツの神髄を丁寧に説明した[写真=BBM]
慶應義塾・伊藤公平塾長はビデオメッセージを寄せた。鋭い視点だったのは、天覧試合(早大2回戦)の最終回のシーンである。慶大が1点リードで迎えた9回裏、この回を抑えればリーグ優勝。マウンドにはエース左腕・
渡辺和大(4年・高松商)が上がった。ラスト1イニングを抑えれば歓喜が待っていたが、4対4の同点に追いつかれると、なおも、二死一、三塁から早大・
徳丸快晴(2年・大阪桐蔭高)にサヨナラ打を浴びた。1勝1敗のタイ。勝ち点を挙げれば優勝の慶大は、3回戦で勝利し、リーグ制覇を決めている。伊藤塾長は学生時代、体育会庭球部に在籍したアスリート。塾長就任前には同部の部長を務めた経歴もあり、試合状況を分析する目に長けている。
「渡辺君があそこを逃げずに、徳丸君と真っ向勝負をしてくれた。結果的には打たれましたけども、最優秀防御率(の渡辺君)と、首位打者の(徳丸君の)2人が天皇陛下の前で正々堂々と勝負したからこそ翌日、私は慶應義塾の第3戦の勝利を確信したところであります。 その確信通り、第3戦を勝利して、私はその時にスタンドにおりましたけど、皆さんと一緒にパレードに参加できたのが何よりも良い思い出となりました」
全日本大学野球連盟・長谷山彰会長(慶應義塾前塾長)は慶應義塾体育会野球部のモットーについて触れている。長谷山会長はかつて「エンジョイ・ベースボール」を提唱した前田祐吉元監督(2020年野球殿堂入り)と接する機会に恵まれたという。
「一人ひとりが全力を尽くす、チームワーク仲間を大切にする、自分で工夫して自発的に努力する、と説明されています。前田さんに『昔の選手と比べて、今の選手をどう思われますか』と質問すると『指示待ち人間になっていないか、少し心配しています』と、その心はと言うと『昔の選手というのは、ベンチのサインなんかまったく見ないで、打ちに行くという豪傑な学生が多かったけれども、今の選手は一球一球ベンチを見るんですよね』というお話でした。私は前田監督というのは、現役監督時代に『ベンチを見るな』というのが口癖だと聞いていましたので、前田監督らしい指導法だなと思いました。選手の自主性を引き出すという野球を貫いて、名監督と言われる結果を残したわけです」
そして、結論を導き出した。
「このことを私なりに解釈してみますと、富士山に登るとき、頂上に立てばもちろん達成感もあるし、風景も素晴らしい。でも、途中の登り道でも刻々と景色が変化するわけですから、楽しみがあるはずです。野球も、練習は苦しい。けれども、漫然と同じことを繰り返すのではなく、自分で工夫していく。そして、日々練習を重ねて一歩一歩成長していく。これが『エンジョイ・ベースボール』じゃないかと思います」
学生たちに訴えた。まるで、講義のようだった。
「ぜひ選手諸君は1日の目標、1カ月の目標、シーズン全体の目標、1年の目標、これを自分なりに立てて、目標を達成して、頂上に立つ喜びを味わっていただきたいと思います。 今シーズンの慶應義塾体育会野球部の挑戦はまだ終わっていません。この後、秋のシーズン、そして、明治神宮大会と続いていきます。ますます期待がかかると思います。かつて
大谷翔平選手は『期待というのは応えるものじゃなくて、超えるものです』と言い放ちました。ぜひ、慶應野球部の選手諸君も真の『エンジョイ・ベースボール』の精神で、期待に応えるのではなく、期待を超えていただきたいと思います」
宴会場を教室と間違えてしまいそうなほど、静寂な空気が流れ、学びの場であった。
塾野球力の結集

堀井監督は今春の勝因を明かした[写真=BBM]
2019年12月から母校を指揮する堀井哲也監督は、タイムマネジメントに優れている。約2時間の優勝祝賀会も大切な活動の場と位置づけ、学生たちには事前に指示を出していた。
「今朝(の練習でも)選手たちに話したんですけれども、今日の祝賀会を単なる祝賀会に終わらせず、秋への決起集会のつもりで頑張ろうと、そういうことを申し上げました。ぜひとも秋、また同じような景色を見られるように、皆さんと一緒に語り合って、打ち解けて、一日を過ごせたらいいだろうと思っております」
その上で堀井監督は今春の勝因について、こう言及している。
「本当に必死になって、グラウンドで寒い日も暑い日も朝から晩までグラウンドで練習に励み、選手もそれについてきた成果だと思います。それを成し得たのも、やはり慶應のグレーのユニフォームを着る重さ、これに対する責任感を選手、スタッフは十分に理解していたということに尽きると思います。そのエネルギーが優勝という結果に結びついたと思っています」
さらに、続けた。
「先人、先輩方のご努力ご尽力、慶應義塾の塾員、塾生、そして関係者の皆様、そういう人たちの全員の思いが、やはりこのユニフォームに乗り移っているんだと、そういう気持ちで選手、コーチ陣で日々過ごしております。そういう意味では、この春の優勝は塾、慶應義塾の塾野球力の結集だったと私は思っております」
「慶應ONE TEAM」の意図

部員219人を束ねる今津主将は春秋連覇への抱負を語った[写真=BBM]
リーグ戦を制したが、全日本大学選手権では決勝で関大に惜敗し、準優勝に終わった。リーグ戦からの疲労蓄積で、本来の実力を出し切れなかったことは悔やまれたが、そんなことは一切、言い訳にしない。あくまでも実力不足、と受け止めた。学生たちがこだわるのは「秋日本一」。明治神宮大会優勝であるが、まずは東京六大学リーグ戦を勝ち抜かなければならない。学生たちの目は秋へと向けられていた。堀井監督の言う「決起集会」の意味を理解していた。4年生幹部のほかメンバーが壇上に上がり、メッセージを発信。主な学生の声だ。
▽今津慶介主将(4年・旭川東高)二塁手ベストナイン、侍ジャパン大学代表
「秋も皆様と一緒に『慶應ONE TEAM』で、優勝できるように頑張ってきます」
▽山口瑛士チーフコーチ(4年・郡山高)
「この春、成し遂げられなかった日本一を必ず達成できるように、チームの組織力、そして実力を上げるために、またわれわれスタッフ陣、尽力していきたいと思います」
▽三橋隼騎チーフアナリスト(4年・船橋東高)
「現在、アナリストは19人と非常に大所帯な組織となっておりますが、昨年の冬から今年にかけて、アナリストとしても非常に充実した取り組みができていると考えております。 今年の春はですね、また一歩のところで日本一達成できず、アナリストとしても非常に悔しい思いを持っております。秋こそはこのチームが日本一になること、また慶應のアナリストが改めて日本一になることを証明したいと思っております」
▽
広池浩成副将(4年・慶應義塾高)最速156キロ右腕
「夏も変わらず成長して、皆様が驚くようなピッチングをして優勝に導きたいと思います」
▽小原
大和外野手(4年・花巻東高)DHベストナイン
「ポジションはDHです。 秋はなんとか外野手でベストナインを取れるように、堀井監督にアピールしてまいります」
▽渡辺和大投手(4年・高松商高)
投手ベストナイン、最優秀防御率、全日本大学選手権最優秀投手賞、侍ジャパン大学代表
「秋は日本一、取ります」
3年生以下からも、頼もしいコメントが聞かれた。
▽林 純司内野手(3年・報徳学園高)
遊撃手ベストナイン、全日本大学選手権敢闘賞、侍ジャパン大学代表
「秋こそ、日本一のショートになれるよう頑張ります」
▽中塚遥翔外野手(3年・智弁和歌山高)外野手ベストナイン
「秋は三冠王を取って、日本一に貢献します」
充実の指導スタッフ
学生40人ほどが感謝と抱負を述べた後は、堀井監督を支えるスタッフの紹介があった。北倉克憲助監督、
小林宏ヘッドコーチ、上田誠コーチ、奥村昭雄コーチ、岡田健治チーフコーチ、
上田和明コーチ、根岸弘コーチ、星野友則コーチ、小川尚人コーチの順に話した。
「春優勝できて、本当にうれしく思います。そのときは泣きました。でも、秋は泣きません。 笑って優勝を迎えたいと思います。選手は必ずやってくれると思います」(上田和明コーチ)
部員219人。大所帯を束ねる上で、これほど充実した指導陣をそろえるチームもないだろう。堀井監督のために、身を粉にして動く頼もしい首脳陣とスタッフは休む間もなく、秋のシーズンへ再始動している。祝賀会の最後は、應援指導部の指揮による『若き血』で締めた。出席者全員が肩を組んで、主将・今津が言う「慶應ONE TEAM」を再確認。野球部員にとっても、多くの関係者の支援を受けて活動できている現実を確認でき、有意義な『人間交際』の場だった。8月3日からは北海道キャンプイン。日々、模索し、苦しみ抜いた末に、成果という達成感が待っている「エンジョイ・ベースボール」を実践し続ける。
取材・文=岡本朋祐