
川相、お前の寒いオヤジギャグを待ってるよ
4年連続V逸と4連覇
巨人・
高橋由伸監督にオーナーが続投要請という新聞記事があった。
でもさ、これって、いま新聞に出すことかな。優勝の可能性が消滅する直前だったけど、いまは2位か最下位かの佳境でしょ。だから、いらない雑音なく戦ってほしい、と思ったのかもしれんけど、逆じゃないの。
なんかもう、「これからは、どういう結果でもいいよ。よく頑張って若手を育てた」って言ってるみたいじゃないか。こういうのを水を差すって言うんだ。最下位になったら、クビになる選手も多いだろうし、何よりファン心理も考えてくれよ。優勝してほしいと思って必死に応援してたのに、それが絶望になったら、まだCSも決まってないのに、「ご苦労さま、よく頑張った」だろ。最近の巨人は、そういうチグハグさがある。
鹿取義隆GM、今度ゴルフ場で反省会しましょう。
これで巨人は4年連続のV逸となった。2リーグ制後では2003年から06年に続いて2度目らしいね。一方で、二軍はイースタン4連覇目前……。皮肉なものだな。二軍が強いのに一軍が低迷を続けているのは、選手はいるのに使い切れてない証明みたいなもんだからね。
二軍の監督は、昨年まで三軍監督だった
川相昌弘。
原辰徳監督時代は、彼がヘッドコーチで、俺が投手総合コーチだった。こだわりがあって気配りもできて、なおかつ、相当ねちっこい男でもあった。
試合の後のミーティングもあいつがいると長くなる。コーチにも、分析はデータがそろった翌日以降でいいというタイプと、今日起こったことなんだから今日やってしまおうというタイプがいる。川相は後者だった。
とことんまで原因を突き詰め、改善策を立て、それを翌日からに生かそうという気持ちが強いんだ。たぶん選手時代から続けてきたことだと思う。努力の男だったからね。そうじゃなきゃ犠打の世界記録なんて作れない。バントの技術をそうやってこだわり抜いて磨いたんだろうね。
優しそうに見えるかもしれないけど、厳しさもある。しかもメリハリある厳しさで、選手とのコミュニケーションがうまいんだ。話も引き出しがたくさんあって面白い。ただ、ダジャレがなあ。よく滑って座がシーンと静まり返った。ゾクッと寒気がするほどくだらないんだ。熱帯夜には稲川淳二の怪談か川相のオヤジギャグだね。
当時のあいつはチームの鍋奉行みたいなものだった。おせっかいで、あちこちに口を出すけど、結局、あいつがいるからうまく回っていたことも多い。
肩書はなんでもいいけど、来年は、あいつを一軍に上げたらいいんじゃないかな。巨人というチームは、毎年、何事もなく1年間戦ったらAクラスは確実という戦力を整える。でも、この4年間だけじゃなく、だからと言って必ずしも毎年優勝を争っているわけじゃない。これは故障者の問題もあるけど、俺はむしろメンタルじゃないかと思う。戦力がそろっているから馬なりでいいじゃなく、それをコントロールする人間が必要なんだ。
あいつはそれができる。あのねちっこさでね。いまの若い選手はソーメンみたいにあっさりで、試合に負けても「僕は自分なりのピッチングができました」とか平気で言う。「悔しい。負けた!次は勝つ!」になかなかならないんだ。いまの巨人は、特にその傾向が強い。
だから、選手が嫌がろうがなんだろうがしつこくいける、空気を読み過ぎず、暑苦しいほどねちっこいあいつが必要なんだ。つまらんオヤジギャグを平気で連発できるあいつがね。
あれ、何か俺ひどいことを言ってるか。違うぞ、川相。俺は、お前の一軍待望論を書いているんだ。巨人という、さらさらソーメンのつけ汁に、お前のあくの強さで深みを加えてくれ!
そうだ。アントニオ猪木さんを呼んで、「川相が三軍、二軍、一軍で優勝ダーッ!」って叫んでもらおうぜ。猪木さんは一、二、三からだけど、まあ、いいでしょ。
股関節は投手の職業病
9月12日には巨人の左腕・
杉内俊哉が引退を発表した。彼は12年に
ソフトバンクからFAで来た。俺のコーチ2年目だったけど、ほんと野球小僧だったな。野球が好きでピッチングが好きでね。ただ、カーッとなる性格で、ピッチング練習を途中で切り上げちゃったときもあった。
左腕でFA入団は俺と同じだから、技術以外にもいろいろアドバイスをした。当時の巨人は今以上に戦力が分厚くて、まさに「巨大戦艦」だった。どうやってこの中で自分を見失わず、自分の仕事をできるかという話を俺なりにしたんだ。
以前一度書いたことがあるけど、「お前の勝ちなんかどうでもいいんだ」と活を入れノーヒットノーランを達成した12年が、巨人では一番よかった。13、14年は2ケタ勝っているけど、間違いなく、力は落ちていた。
要はストライク、ボールがはっきりし出したんだ。そうなると、打者も傾向が読めるから、必然的に球数が多くなる。5回100球とかね。よれよれになって投げて、やっと勝った勝ち星が2ケタという感じだった。負けず嫌いの男だからはっきりとは言わなかったけど、たぶん、すでに股関節の状況が悪くなっていたんだろうね。フォームの粘りをつくれなくなっていた。
肩、ヒジではなく、投手がなんで股関節を痛めたの、と思った人もいるかもしれないけど、実は投手の職業病なんだ。若いときはいいけど、筋力が落ちてジジイになってくると、痛みが出たり、動きが鈍くなるという人は多い。この間、横浜スタジアムで横浜大洋の名投手・
遠藤一彦さんに会ったけど、あの人もすごい悪いらしく、「俺、もう動かないんだよ。いいケアがあったら教えてくれ」と言っていた。
実は、俺も左の股関節の具合が少しおかしい。それはそうだよね。プロの投手は1年間で、キャンプで2000球、公式戦では25試合に100球ずつとしても2500球か。オープン戦や、いまはCSもあるし、投球練習、キャッチボールまで含めたら軽く1万球を超えるんじゃないかな。その中で、ねじれの加わる股関節に1球1球、負荷がかかるんだ。
結局、彼は3年間一軍で投げられなかったけど、もう1回、復活したかっただろうな。「お金はいらないから野球をやらせてくれ」と5億円の年俸を自ら5000万にした男だしね。
俺も経験があるけど、年齢を重ねると二軍にずっといるのがつらいんだ。「邪魔かな」と思ってしまう。特に、ほかからFAで来たような選手はね。俺は正直、それで心が折れた。
そう考えると3年間、よく粘った。体もそうだけど、心がきつかっただろうと思う。
ほんとご苦労さま。これから何をするのかしらないけど、暇があったらゴルフでもしようよ。
PROFILE 川口和久/かわぐち・かずひさ●1959年生まれ。鳥取県出身。左投両打。鳥取城北高からデュプロを経てドラフト1位で81年に
広島入団。3年目の83年に先発の一角を確保し、86年からは6年連続で2ケタ勝利を挙げた。95年にFAで巨人へ移籍、98年限りで現役引退。巨人のコーチも務めた。通算成績435試合登板、139勝135敗4セーブ、防御率3.38。