4年ぶりの名球会オールスター戦が沖縄で開催される。沖縄本土復帰50周年、那覇市市制100周年の記念でもある名球会ベースボールクラシック2022沖縄開催を機にあらためて沖縄と野球の、歴史や関係について掘り下げる連載コラム。第5回のテーマは「沖縄出身の野球選手」だ。 
沖縄の大学から初のドラフト指名を受けた仲地が目標に挙げる安仁屋宗八。1964年に広島入りし、68年に23勝を記録するなど、プロ通算119勝をマーク
今年のドラフト会議で
中日が沖縄大の右腕・
仲地礼亜を単独1位指名した。ドラフト制度が導入されて以降、県内の大学から初めて指名を受けた選手の誕生に沖縄野球界は大いに沸いた。沖縄の高校、または社会人チームからドラフトを経てプロ入りした選手は幾人といるが、これまでの前例を破ったことは球児にとっても大きな刺激となったことは間違いなく、新たな夢を拓いた仲地は羨望の的となった。
先日、仮契約を結んだ直後に開かれた会見で仲地は、安仁屋宗八が目標の存在であると語った。沖縄出身の初のプロ野球選手は、“青バット”の異名で知られる
大下弘の母校・高雄商(台湾)を経て日本水産から東急フライヤーズに入団した本部町出身の
金城政夫であるが、安仁屋は米国占領下だった沖縄の地から初めてプロ野球選手となったパイオニア的存在で、沖縄高(現・沖縄尚学高)を経由して社会人チーム「琉球煙草」からプロ野球の世界を拓いた。広島、
阪神と実働18年で119勝。この記録は今も沖縄出身者として一番の数字である。
県民はラジオから流れる
巨人戦にかじりつき、郷土の星となる彼の一球は全島に鳴り響き、特に
王貞治、
長嶋茂雄との対戦となれば皆が一喜一憂した。代名詞の「巨人キラー」と言われた広島時代の68年に23勝(11敗)。阪神に移籍した75年には66試合の登板で防御率1.91を記録し最優秀防御率を手にした安仁屋の存在は、プロの世界へ羽ばたいていったウチナーンチュ投手の目標となる。
その一里塚に着実と向かっているのが
東浜巨(
ソフトバンク)だ。通算勝利数63勝は安仁屋、
新垣渚に次ぐ記録で、17年に16勝で最多勝。そのとき以来となる2ケタ勝利(10勝)を挙げた今季は5月にノーヒットノーランを達成し功績を残す。また18年に16勝で最多勝の
多和田真三郎(元
西武)や、20年新人王で東京五輪金メダルの
平良海馬(西武)、平良の翌年に新人王を獲得し今年日本一に貢献した
宮城大弥(
オリックス)など、最近は球界を代表する好投手を輩出している。
打者に目を移すと、今季打点と本塁打の2冠王となった
山川穂高(西武)の記録が燦然と輝く。今まで3度本塁打王に輝き、18年にはMVPを手にした沖縄県産の強打者はライオンズの背番号3を背負う責務を自ら選び、勝負強い打棒を披露している。
その一方、山川のような長距離砲が生まれるのはまれで、過去に2ケタ本塁打を放ったのは90年に打点王を獲得した
石嶺和彦(元阪急ほか)、
大城卓三(巨人)と限られる。
伊志嶺翔大(
ロッテコーチ)や
大城滉二(オリックス)といった攻守走を兼ね備える選手がプロで勝負する機会が多かったが、山川の出現で潮流は今後変化するのか注目したい。
新垣渚(元ソフトバンクほか)、
比嘉幹貴(オリックス)、
又吉克樹(ソフトバンク)などが沖縄野球で育ち、近年大成する選手を目の当たりにする中、依然輩出されていないのが名球会である。2000安打、200勝、250セーブという高みを見据える選手がいつか現れると、その期待を抱く。
文=仲本兼進 写真=BBM 「名球会ベースボールクラシック沖縄2022」
日時:2022年12月10日(土)13:00
会場:沖縄セルラースタジアム那覇
中継放送・配信:OTV沖縄テレビ放送、全国インターネット配信(予定)
【入場券発売】
先行発売:10月28日(金)12:00~
一般発売:11月5日(土)10:00~
当日券販売:12月10日(土)10:00~
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