近鉄、オリックス、ヤクルトで活躍した野球評論家の坂口智隆さん。初の自著『逃げてもええねん』(ベースボール・マガジン社刊)が発売後たちまち重版となるなど、セカンドステージでも充実した活動を続けている。日々前向きにチャレンジを続ける坂口さんに、自分を成長させてくれる存在について聞いた。今回は、近鉄、オリックス時代に指導を受けた水口栄二氏(現阪神一軍打撃コーチ)から学んだこと。<4回連続の2回目> 「2球前の球」も見ていてくれる

将来は指導者になりたいという坂口さん。その胸には水口コーチからの学びがある
――『逃げてもええねん』に、影響を受けた指導者について書かれていましたが、現在阪神で一軍打撃コーチを務める水口栄二さんも、その一人ですね。
坂口 僕が高校を卒業して近鉄に入団したとき、水口さんは選手としてチームにいらして、そのころから僕のバッティングを気にかけてくれました。今の打ち方のままでいいよというのが基本にある、選手の特徴を踏まえながらの助言が印象に残っています。僕の打撃にはこれがいいんじゃないかと、バットをくれることもあって面倒見のいい先輩でした。
――その後、分配ドラフトで2人ともオリックスに移籍。選手とコーチの関係になりますね。
坂口 練習に朝から晩まで付き合ってくれる方でした。僕は量をこなさないと覚えられないので、ありがたかったです。水口さんは、いいものはいい、今のは違うとはっきり言ってくれる。試合のときも、一打席ずつチェックしてくれるのですごく助かりました。
――試合の打席のチェックとは。
坂口 僕の場合は、試合が終わったあとに素振りなどをして、次の試合前の練習で、前の試合はこうだったから、きょうは練習でこうしようという感じでやっていました。そのとき僕の思うチェックポイントと水口さんのポイントの答え合わせをします。チェックポイントを自分で覚えていないときでも、水口さんが覚えていてくれる。毎日試合があるスポーツで、それをしてもらえるのはすごく助かります。水口さんを100パーセント信頼していました。
――2人のポイントがズレることはなかったのですか。
坂口 全然なかった気がします。例えば、今は調子がいいのに悪いやろと言われるとか、悪いのにいいやろとかがなくて、悪いときは悪いとわかる。18歳のときから見てくれていましたし、ズレがないから信頼していました。一軍で仕事をするための技術的な軸をもらった、大きな存在だったですね。なにしろよく見てくれているなと思っていました。打席で最終的に打った球だけではなく、「2球前の球」とか、そういう会話もよくしましたから。また練習法もよく知っている方で、これよりこっちの練習のほうが自分に合っているということも相談できる。体のここを動かすにはこの練習、などとシーズン中にも修正法を教わっていました。
つなぎの引き出し
――引き出しの多い方なんですね。
坂口 そう思います。水口さんは現役時代に身長がすごく大きなほうではなかったと思いますが、バッティング練習をしていると、軽く打っても打球がよく飛ぶんです。体の使い方が凄いなと思っていました。打ち方は一つではなく、自分でその技術を見つける人もいれば、周りからの刺激をヒントに、いいところをつまむ人もいると思います。僕はとくに一軍に出始めてから、水口さんの体の使い方の説明がわかりやすかったので、信頼して取り入れて自分の打撃がよくなっていった感じはありますね。
――水口さんは、阪神の一軍打撃コーチ就任の際に、「打線は線。勝負強さには打点だけではなく、塁に出たり粘ったりという勝負強さもある」という趣旨のお話をされていました。坂口さんがよくおっしゃる「つなぎ」の大切さも、そこから通じていますね。
坂口 つなぎですね。水口さんご本人がつなぎの人で、僕もクリーンアップでばんばんホームランを打つ選手じゃなかったですが、逆に言えば、つなぎの選手には生きていく方法はいっぱいあるんですよね。もちろん打点をあげることもそうですが、ほかにもつなぎの選手のほうが、やれることはあると思うので、そういう引き出しも学んだ気がします。
――『逃げてもええねん』でも、凡打の質のお話がありました。
坂口 そうですね。線の中では、作戦を準備する選手が必要なので、つなぎの選手は、いなくてはならない存在になれる。シチュエーションを経験している分、つなぎで生きてきた選手には、引き出しはたくさんあると思います。
――現在、首位を行く阪神の強さの一つが、そういうところにもあるのですね。
坂口 八番を打つ
木浪聖也選手の役割が象徴的ですね。阪神はさらに、組織として強い。例えば水口さんはオリックス時代に
岡田彰布監督のもとでコーチとして戦っていて、野球観を十分に共有されたうえで意志の疎通が図れるのも、大きなことだと思います。
写真=BBM ■書籍『逃げてもええねん――弱くて強い男の哲学』ご購入はコチラから