
ブルームはセーフティーバントの名手でもあった
セーフティーバントでもヒットはヒットだ
野球の世界は数字が人格を決める。数字さえ良ければどんな人間でも給料は上がるし、いい生活ができるようになる。逆に、どんなに理論や理屈がしっかりしていても、数字を残すことができなければ話にならない。それがプロ野球の世界だ。「記録よりも記憶に残る選手になりたい」という者がいるが、記憶はいずれ薄れゆくものだ。一時的な人気を博したとしても、記録を残すことができなければ100年後には誰も覚えてはいない。
自慢話をするつもりは毛頭ないが、私は現役時代にたくさんの記録を達成してきた。特にヒットに関しては最も多いと自負している。記録というのは数字だけの味気ないものではない。23年間で日本球界最多の通算3085安打をマークしたが、その1本1本が必死に打った末のヒットだった。楽に打てたヒットなど1本もない。加えれば、4打数0安打でもバッティングの内容が良ければ納得できるなどと思ったことは一度たりともなかった。どれだけ快心の当たりでボールをとらえても、アウトになったら意味がない。バットが折れてもいいからヒットが欲しい。無安打に終わった日などは悔しさと「またヒットを打つことができるのだろうか」という不安で、夜は満足に眠ることもできなかった。
それだけヒットにはこだわってきたし、タイトルを獲るということにもこだわってきた。だが、プロ3年目の1961年に初めて首位打者を獲ってから2度目の首位打者になるまで、5年もかかっている。その間の最大のライバルが近鉄の
ジャック・ブルームだ。62年に私は打率.333を残したが、首位打者になったのは.374を記録したブルームだった。当時のボールが飛ばない時代においてはたいへんな数字だ。翌63年も.335で2年連続の首位打者に輝いている。ブルームは見事なバットコントロールに加え、安打を打つためのある“秘技”を持っていた。それが・・・
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