筆者が必死の思いで実現させた94年開幕戦のお立ち台。左から落合、斎藤、松井
なぜバットを振り込むか?
ある試合で、オチさん(
落合博満。以下同)が早い回にタイムリーヒットを打ったとき、珍事は起きた。僕はいつものようにオチさんに「談話」を求めた。オチさんはどうしても勝たなくてはならないこの試合に対しての意気込みが強かったのか、試合中にもかかわらず、通常の談話の範囲を超え、東京ドームのベンチ裏、自軍の攻撃が続く中、打撃論が始まった。
「俺たちがなんで素振りをするか分かるか? なぜバットを振り込むか分かるか? バットは手の延長なんだ。速い球や変化球、いろいろな球をバットの芯でとらえるためにはバットは自在に操れなくてはいけない。両手で持つバットは手の延長という感覚になるまで振らないとダメなんだ。だから、素振りっていうのは、何回バットを振ればいいというものじゃないんだよ。手と同じ感覚でバットを振れるようになるまで振るんだよ。勝つためにな」
驚いた……、感動した……、ズシッと来る話だった。いつも多くは語らないオチさんが、「落合博満打撃論」を試合中にこんな一介の広報担当に展開してくれたのだった。なぜ展開かと言うと、オチさんが僕に話してくれているときに
巨人の攻撃は終わり、オチさんはファーストの守備に就かなくてはならないのに、その「打撃論」は終わらず、コーチの簑田(浩二)さんに「おい、オチ! チェンジだぞ」と促されるまで続いたからだ。
オチさんがファーストミットを持って一塁キャンバスに向かったあと、僕はまず「タイムリーヒットを打った落合選手の話」と原稿に書き込み、まずはそのヒットについての談話を記者席に送った。ところがオチさんはその守りに就いたイニングが終わりベンチに戻ると、また僕を捕まえ「オイ、おめぇ、分かったか」と言って再び「落合博満打撃論」を始めたのだ。
なぜ僕にそんなに熱っぽく語ったのか不思議だったが、その話を聞き入っている僕はいつの間にか一人の野球少年になっていた。そして職人落合博満は「俺はバッティングの話だったら3日3晩、寝ずに話すぞ」と当たり前のようにサラリと言い、ベンチに戻った。
貴重な体験、話だった。それも試合中に……。物静かなオチさんだが心の芯は熱く、プロの中のプロを感じさせる職人だった。そして、僕はこの勝負に懸ける男の「魂の談話」と言うべく話をあらためて別の原稿としてまとめ、これまた記者席に送る。
しかし・・・
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