
常にプロとしての準備を怠らないNPBの審判員[写真=BBM]
被災地訪問で感じた審判員の重要性
2016年9月19日、
巨人軍在籍当時、僕は岩手県釜石市にある平田(へいた)総合運動公園野球場にいた。それは日本野球機構(NPB)の東日本大震災復興支援作業部会の社会貢献活動の一環として被災地出身者である東北
楽天の
永井怜元選手、
西村弥元選手、埼玉
西武の
高山久元選手、横浜
DeNAの
加藤政義元選手、巨人の
木村正太元選手の5人が講師として現地を訪れ、球場整備支援と釜石市内の学童野球に所属している児童約180人に野球教室を行うためだった。その当時、僕は巨人軍ファン事業部の責任者であり、巨人軍も独自に被災地支援活動を行っていたが、このようにNPBも先頭に立って東日本の球団を率い、積極的に社会貢献活動を行っていた。
被災地の球場を訪れると球場の真横には数棟の仮設住宅があった。ファウルボールが飛んでいけば、すぐに建物にぶつかってしまうような距離だ……。グラウンドに入るとフィールドには地震の影響と思われる微妙な起伏が見て取れ、平らな場所でプレーができない環境に驚く。それでも元選手たちの元気で活発な指導で、にぎにぎしく野球教室は行われ、被災地の球場に白球を追い掛ける少年少女の歓喜の声が轟く。
被災地の方々にお見舞いを申し上げ、交流の場も持つ。代表者の方の「『被災後、5年たち』という表現をされますが、私たちにとっては『5年しか』という表現が正しいのです」とおっしゃられた言葉が心の中にまだ残っている。また、「釜石はラグビーで有名な街ですが、でも、やっぱり野球が盛んな街なんです。今回、プロ選手の方々にここまで来ていただき、本当に感謝しています。子どもたちも皆、喜んでいるはずです。でも、私が今回うれしかったのは、プロの審判員の方から直接、技術指導を受けることができたことです」ともおっしゃった。
この被災地訪問では、NPBからは審判技術委員長である井野修さん(セ・リーグ審判員として在籍34年間で2902試合に出場)が講師として派遣されており、選手たちが子どもたちに野球教室を行っている傍ら、地元のアマチュア審判員の皆さんへ技術指導が行われていた。
その方は続けた。
「野球ができる環境が整備され、被災地の所々で、また選手たちが野球をすることが増えてくることを祈りますが、ただ、野球の試合をするには審判員がいないと成り立たない。審判員がいないと野球はできないのです。一生懸命プレーする選手たちのためにも、われわれはジャッジの正確さを磨きたかったんです」
そして・・・
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