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石田雄太の閃球眼

石田雄太コラム「互いの想いを直に語り合う機会と舞台」

 

2002年10月10日のヤクルト戦[東京ドーム]で架けたシーズン50本目のアーチ[写真=BBM]。あれから22年、今年50歳の松井秀喜が、東京ドームの右翼席に白球をたたき込んだ


イチロー・松井の両雄をつないだ松坂の存在


 2002年10月10日──松井秀喜はシーズン50号のホームランを東京ドームの左中間スタンドへたたき込んだ。これがジャイアンツで打った最後のホームランであり、翌年、松井はヤンキースへと旅立っていった。

 あれから22年、松井が東京ドームでホームランを打った。KOBE CHIBENと高校野球女子選抜との一戦。初めてイチローと同じユニフォームを着て、グラウンドに立った松井は、四番・センターとして試合に出た。しかし試合開始早々、左中間への打球を追った際に右太ももの裏側をピリッとさせてしまう。その後は思うように走れなくなった松井だが、それでもこの1試合への責任感からガチガチのテーピングをして、外野に比べれば走らずに済むサードを守り、打って出塁すれば臨時代走に出てもらうという裏技を使って打席に立ち続けた。

 そして8回裏、先頭バッターとして5度目の打席に立った松井はフォアボールを選ぶ。結局、4つのフォアボールとライト前ヒットで全打席出塁した松井には、またも臨時代走が送られてベンチに引き揚げた。当然、これが最後の打席だと思ったことだろう。試合後に「完全に気を抜いていた」と笑っていた松井に、しかし、よもやの最終打席が回ってくる。

 ツーアウトから八番の浦次茂記、九番の小阪将己にヒットが続いて一番のイチローに回る。すでにヒット3本を打っていたイチローが・・・

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石田雄太の閃球眼

石田雄太の閃球眼

ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。

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