
筆者夫妻[前列]は長嶋夫妻に披露宴で仲人を務めてもらった
長嶋茂雄さんは沈まぬ太陽だと思っていた。その訃報に接したとき、気が動転して頭の中が真っ白になった。灼熱の太陽も、いつか燃え尽きる時を迎える。頭では分かっていても、長嶋さんの死を受け入れるには幾許かの時間を必要とした。
俺は1966年の入団時から長嶋さんが現役時代の9年間、V9戦士としてともに戦った。
川上哲治監督の下で、
王貞治さんと長嶋さんのONコンビをバックに投げることができたのは、「V9のエース」と言われること以上に大きな誇りだった。
75年に長嶋さんが監督へ就任してから監督と選手として6年、さらに第2次政権の93年からは監督とコーチ、ヘッドコーチとして計6年仕えることになった。
長嶋さんとの思い出は尽きない。俺は73年オフに結婚披露宴を行っている。長嶋さん夫妻に仲人の労を取り計らってもらった。当初の予定では監督の川上さん夫妻にお願いしていた。ところが、シーズン最中の北陸遠征で、俺が打たれたことに業を煮やした川上さんが、「堀内、お前の仲人はやらん!」と断られてしまった。
困り果てた俺は高校時代の恩師・菅沼八十八郎(甲府商高監督)さんに相談すると・・・
この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。
まずは体験!登録後7日間無料
登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。
登録済みの方はこちらからログイン