2021年からメッツのオーナーを務めるスティーブ・コーエン。22年にMLB史上最高の年俸総額をつくるほど、お金を惜しまず選手を獲得してきた。しかし、23年10月に加入したデビッド・スターンズ編成本部長による適材適所の補強で今季は2年前の半分の金額に抑え、9年ぶりにリーグ優勝決定シリーズまで進出した
ナ・リーグ優勝決定シリーズは、2年前のオフにMLB史上最高の年俸総額3億5800万ドルのチームをつくったメッツと、1年前のオフに1億ドルを超える長期投資を行ったドジャースの対戦となった。「お金ではチャンピオンシップは買えない」とよく言われるが、今年残った4球団のうち、3つがメッツ、ドジャース、ヤンキースであることを考えると、資金の重要性は明らか。
ただし、お金を多く出せば出すほど、勝つ確率が高まるような単純なものではない。2023年のメッツは75勝87敗と負け越し、当時の最高年俸のベテラン投手ジャスティン・バーランダーをアストロズ、マックス・シャーザーをレンジャーズへとトレード期限前に放出した。
ビリー・エプラー前GMに代わってチームを立て直したのは、スモールマーケットのブリュワーズを強豪チームに育て上げたデビッド・スターンズ編成本部長。彼はブリュワーズでやっていたように、複数の中堅FA選手と1年または2年の比較的安い契約を結んだ。指名打者のJ.D.マルティネス、中堅手のハリソン・ベイダー、二塁手のホセ・イグレシアス、投手ではルイス・セベリーノ、ショーン・マナイアらである。
大事なことはいかにバランスの取れた、層の厚いチームをつくるか。メッツにはすでにピート・アロンソ一塁手、フランシスコ・リンドーア遊撃手、フランシスコ・
アルバレス捕手といったコアとなる野手がいた。投手陣では
千賀滉大がケガで投げられなかったが、ホセ・キンタナ、デービッド・ピーターソン、タイラー・メギル、クローザーのエドウィン・
ディアスがいた。
スターンズは人材選びに非常に優れている。もちろんジェイク・ディークマン、
藤浪晋太郎両投手など、期待どおりの成績をあげられなかった選手もいたが、コストは高くないしすべてがうまく行かなくてもいい。その分、生え抜きの若手が出てくる。三塁は当初は19年の1巡目
ブレット・ベイティにチャンスを与えたが結果を残せず、途中から17年のドラフト2巡目マーク・ビエントスが台頭。守備は苦手だが打撃は抜群で、111試合出場で、27本塁打、71打点、長打率.516。
ドジャースとの優勝決定シリーズでも二番を打ち、満塁本塁打をかっ飛ばした。シャーザーとのトレードで獲得したルイサンヘル・アクーニャ(ブレーブスのロナルド・アクーニャの弟)も終盤にメジャー昇格、14試合で3本塁打、守備も巧みだ。メッツは6月中旬までは28勝37敗と負け越していたが、着々と戦力が整い、その後は、61勝38敗の好成績で、最終日にプレーオフに滑り込んだ。
そして第6シードながらポストシーズンを勝ち上がった。大型投資が時間をかけて実った。大富豪のスティーブ・コーエンオーナーは21年にフランシスコ・リンドーア遊撃手に10年総額3億4100万ドルの契約を与えると、4年目にベストシーズンとなり攻守のリーダーとしてチームをけん引する存在に。金融投資の基本は、リスクとリターンのバランスを理解し、計画的に資金を配分すること。長期的な視点を持つこと。野球でも同じなのである。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images