
ロッキーズの編成本部長に就任したデポデスタ。四半世紀前に現代野球の主流であるデータ野球で野球界の最先端を走っていた男だ。再び球界に戻ってきたことで、どんな変化を球界にもたらすか注目が集まっている
ロッキーズがポール・デポデスタを編成本部長に抜擢したというニュースは、筆者にとっても衝撃的であり、同時にうれしい知らせでもあった。名著『マネーボール』を読んだ人ならご存じのとおり、デポデスタはアスレチックス時代、上司
ビリー・ビーンの右腕として現代野球の分析革命を支えた人物である。
そして2004年2月、わずか31歳の若さで名門ドジャースのGMに就任した。当時、ドジャースの先発ローテーションには
野茂英雄、
石井一久の両投手が名を連ねており、筆者もよく取材していた。デポデスタは寡黙でコミュニケーションが得意とは言いがたかったが、理路整然としたチームづくりを目指していたと思う。
04年のトレード期限には主力捕手ポール・ロデューカらをマー
リンズに放出し、代わりに剛腕
ブラッド・ペニーを獲得。結果、チームは93勝69敗で1995年以来の地区優勝、そして96年以来のポストシーズン進出を果たした。ちなみにその年、石井は31試合に先発して13勝8敗、野茂はケガに苦しみ、18試合で4勝11敗に終わっている。
そのオフ、デポデスタはエイドリアン・ベルトレ三塁手をFAで失い、野茂も契約満了で退団したが、代わりにJ.D.ドリュー、ジェフ・ケント、デレク・ローらを獲得した。
一方で05年のキャンプ中に石井をメッツへトレード。日本人選手が去ったため、筆者はその年は、
井口資仁のホワイトソックスや、
田口壮のカージナルスに行くことが増えた。ドジャースはケガ人が相次ぎ、71勝91敗で地区4位に沈み、当時のオーナーのフランク・マッコートはわずか2年でデポデスタを解任している。
当時はまだデータ分析によるチーム構築は「貧乏球団がやること」とみなされ、ビッグマーケットのドジャースには不向きと決めつけられていた。地元紙ロサンゼルス・タイムズのコラムニストたちは『マネーボール』の強硬な反対派で、デポデスタを侮蔑的に“グーグル・ボーイ”と呼んでいた。
今にして思えば、その見識の浅さには呆れるばかりだが、当時はそれが一般的な認識だったのだ。デポデスタはその後、パドレスやメッツでチームづくりを手伝った後、16年1月にはNFLのクリーブランド・ブラウンズで「チーフ・ストラテジー・オフィサー」に就任した。
しかし10シーズンで通算成績は56勝99敗1分けと大きく負け越している。今回、四半世紀前に野球界の最先端を走っていた人物が再び球界に戻ってきたことはとても興味深い。データ分析はさらに進化し、彼がNFLにいたこの10年の間に球界はさらに大きく変貌を遂げた。しかもロッキーズは7年連続負け越し中で、25年は43勝119敗という球団史上最悪のシーズンに終わった。高地デンバーで安定したチームをつくるのは難しく、93年の創設以来、勝ち越しはわずか8シーズンである。
デポデスタは先日のGM会議中に「いろいろな球団に友人がいます。この10年間、彼らがMLBで何が起きているのか教えてくれました。野球への興味は持ち続けていました」と明かした。
いつか機会が訪れれば、ドジャースでの短命政権の悔しさを晴らしたいと胸に抱き続けていたのだろう。“グーグル・ボーイ”のリベンジに期待したい。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images