プロ13年目。積み上げてきた実績と経験値は誰にも負けない。それでもなお、挑戦への歩みを止めないベテラン右腕を突き動かすものは何なのか――。球界屈指のスタミナを携えて腕を振り続ける鉄腕の流儀に迫る。 取材・構成=中野聖己 写真=高原由佳、BBM キャンプ初日に直球350球
海外FA権を行使して広島からオリックスへ移籍した昨季、チームトップの11勝を挙げ、チーム最多の164回1/3を投げた。先発の柱としてチームの勝利のため、気迫を前面に出して腕を振り続けたベテラン右腕は新天地でも輝きを放った。 ――移籍1年目の昨季、初めてのパ・リーグの野球は率直にいかがでしたか。
九里 セ・リーグとパ・リーグで野球の違いは感じました。DH制なので気を抜けるところがないし、打線としてずっとつながっている。振ってくるバッターも多いですし、一番から九番までホームランを打てるバッターも並んでいますから、そういう違いは感じましたね。
――シーズン通して先発ローテーションを守り抜きました。1年目から結果を残せた要因をどう自己分析していますか。
九里 移籍当初から、本当にいろいろな選手が溶け込みやすい雰囲気をつくってくれました。キャッチャーともいろいろな話をしながら試合に入っていけましたし、僕は球種が多いので、キャッチャーは本当に大変だったと思うんですけど、ゲームの中でコミュニケーションを取りながらできた。僕が出した結果というよりも、チームメートが引っ張ってくれたおかげだと思っています。
――試合中の打者に対しての対策はその都度、話し合いながらですか。
九里 僕が投げているボールの感覚と捕っているキャッチャーの感覚は違うかもしれないですし、そういうところもしっかりコミュニケーションを取りながらやっていきました。

正捕手・若月健矢ともコミュニケーションをしっかり取れたことが結果につながった
――データを見ると、2巡目のほうが被打率が低いです。1打席目の結果から対策を練った効果も出ているのでしょうか。
九里 そういうのもあるかもしれないですし、1巡目は前の試合のデータなどを見て探り探りで入る試合も多かったので、球数が増えてしまった面もあると思います。今季はそこも工夫をしながら、やっていかないといけないですね。
――被本塁打率0.38(164回1/3で7本)は素晴らしい数字です。
九里 たまたまです。ただ長打を打たれないようにと、変に考え過ぎてはいません。6回3失点という先発として最低限の役割を毎試合クリアするためにやっていった結果、1点でも少なく、長いイニングを投げられればいいと思ってマウンドに上がっています。
■2025年パ・リーグ投球回数ベスト5 ■2025年パ・リーグ被本塁打率ベスト5 
※被本塁打率=[被本塁打×9]÷投球回数
――防御率もキャリアハイでした。年齢を重ねても好成績を残せる、進化し続けられる秘訣はありますか。
九里 現状維持のままシーズンを戦い抜いていこうと思っても、成績は残していけないと思いますし、何か一つでもレベルアップした状態でシーズンに臨めるように、毎年オフからキャンプにかけてやっています。
――今年の場合はどこを変えていこうと。
九里 体の使い方については足が地面に着いたときのテークバックの右手の位置を耳から離れるように変えていこうと、オフから取り組んできました。あとはやはり真っすぐあっての変化球だと思うので、ベース板での真っすぐの強さを追い求めて、このキャンプはやってきました。
――キャンプ初日からブルペンに入り、驚異の350球の投げ込みを行いました。自主トレから逆算してどういうプランでキャンプ初日に臨まれましたか。
九里 初日に350球、全部真っすぐだけを投げました。真っすぐだけで350球投げるのは相当しんどいですし、体がきついのも分かっていますけど、僕は最初にしっかり体を張らした状態で調整していくという考え。350球投げようと思ったら、オフに手を抜いて練習していたら、ケガにもつながります。オフはある意味、自分にプレッシャーをかけながら、トレーニングも含めて取り組んできましたね。
――球数を投げることはスタミナをつける上で最も重視していることですか。
九里 投げる体力と走る体力は違うと思っています。投げ込みが100%正解だとも思ってないですけど、僕はそんなにセンスがある選手ではないですし、しっかり練習して、体にフォームをたたき込むことが大切。350球投げたときが試合で9回完投したときの体の疲れだと思いますし、シーズン終盤になるとああいう体の疲れの中で投げていかないといけない場面も絶対にある。「このしんどさがあるんだよ」と先に体に覚えさせ、分からせておけば終盤になってきついときもいけるでしょ、という考えです。
――キャンプでの総投球数は何球に到達しましたか。
九里 1200球ぐらいじゃないですか(取材後の最終日にもブルペンに入り総投球数は1250球に到達)。昨年はオリックスで初めてのキャンプだったので、手探りでやっていましたけど、今年は自分のやりたい調整方法でやらせてもらいました。順調に自分のプランを消化できたと思います。

宮崎キャンプでは初日のブルペンで350球を投げ込んで周囲の度肝を抜いた。1カ月間で投じた球数は1250球。投げ込みによってシーズン終盤の疲れを体に覚え込ませる狙いがある
――2月15日のライブBPでは真っすぐ限定の投球でした。
九里 真っすぐだけを投げてバッターからどう見えるか聞きたかったんです。打ってもらった選手全員に話を聞きました。タイミングが取りづらいっていうボールもあれば、真っすぐだけだと分かってるのでタイミングを合わせれますよとか、いろいろな話は聞けました。実戦に入ってキャッチャーとの話し合いにはなると思いますけど、自分が投げたボールに対してバッターの反応もしっかり見ていければいいと思っています。
――現在、球種はどれくらいありますか。
九里 ストレート、スライダー、カット、カーブ、フォーク、チェンジアップ、シンカー、ツーシーム、
ナックル、9種類ですかね。スライダー、チェンジアップ、フォーク、カーブにしてもいろいろ変えているので、細かく分けていったら多分もっとあるとは思いますけど。
――その中で一番自信のあるボールは?
九里 もうそれはナックルにしといてください(笑)。変化球を生かすためにも、真っすぐを自信を持って投げたいですね。

マウンドでの気迫あふれる姿でチームをけん引していった
純粋に投げることが好き
剛速球で打者をねじ伏せるわけではない。あらゆる球種を丁寧に操りながら、アウトを積み重ねていく。一度も大きなケガをしたことのない屈強な体を武器に、9年連続100イニング以上登板の偉業を遂げた鉄腕のパワーの源とは――。 ――登板間隔が短いほうが投げやすいそうですが、その理由を教えてください。
九里 僕は登板間隔が空いて体が軽くなるほうが嫌なので。間隔を詰めてある程度、体の張りがあったほうが投げやすい。間隔を詰めるか空けるかどちらがいいかと聞かれたら絶対詰めてほしいと答えます。基本的には中6日になると思うんですけど、中5日でも、中4日でも全然投げられると思います。
――そのスタミナがどこから生まれてくるのか、現役選手も知りたいところだと思います。
九里 持って生まれた体は親に感謝ですけど、純粋に投げるのが好きだからだと思います。投げるのが好きじゃないと、300球まで投げられないと思いますし、100球ぐらいでもうええわと。速い球を投げるとか、遅い球を投げるとか、変化球がいいとかじゃないんですよ。純粋に投げるのが好きなんです。その中で「あ、これだ!」みたいな感覚が来たときは一番うれしい。でも寝たら忘れるんですけどね。ブルペンで投げていて「あ、いい感じや」と思って「もう今日は満足や」って寝ても、大体起きると忘れている。次の日キャッチボールすると、「あれ、感覚違うぞ」って。逆にそれが面白い、楽しいというのもあるんですけど。
――若手選手が九里選手からいろいろなことを学んだというお話をよく聞きます。若い選手へはどんな思いがありますか。
九里 決して僕から無理強いはしないです。聞いてきてくれる後輩がいるならば、自分の知っているものは全部伝えたい。今年でプロ生活13年やらせていただいているので、その経験を伝えたい気持ちは常に持っています。一つの選択肢だけでなく、何個かの選択肢を説明した上で頭の中の引き出しに残って、壁にぶつかったとき、あんなこと言ってたなと思い出してもらえるのが一番。一つの固定概念で話すことはほとんどないですね。
――九里選手にこれまでの経験からくる多くの引き出しがある証しですね。
九里 僕も海外やいろいろな施設に行って勉強させていただいたりしているので、伝えることはいくらでもできる。伝えた上でその選手が良くなればうれしいですし、僕も負けないようにもっと頑張らないといけない。そこは勝負事なので、しっかりやるだけだと思っています。
――侍ジャパン入りした
曽谷龍平選手とは、自主トレ中、WBC球で一緒にキャッチボールもされたそうですね。
九里 昨年のシーズンが終わってすぐ、龍平から一緒にやらせてほしいと言ってきてくれてすごくうれしかったですし、僕の知っている考え方は全部伝えようと思って、オフは一緒に練習してきました。代表入りの可能性がある中で、「こっちのボールでキャッチボールしたいんですけど」と言われたので、「付き合うよ」と。
――男気ですね。
九里 いえいえ、全然そんなことないです。あわよくば、自分も侍に入ったろうかと。冗談ですけど(笑)。
――2026年のシーズンに向けてはどんなことに挑戦していきたいですか。
九里 イニング数にはこだわっていきたいですね。200イニング達成するのはすごく難しいことかもしれないですけど、不可能な数字ではないと思いますし、そこは挑んでいきたい。
――200イニング登板は2018年の
菅野智之投手(当時
巨人、現ロッキーズ)以来、出ていません。
九里 菅野投手は28試合登板していますよね。200イニングは常に挑戦していきたい数字ではあるので、そこに向かってやっていければ。意地でもマウンドを降りないという姿は見せていきたいですし、それだけ投げるためには結果も伴っていかないといけない。チームが勝てるチャンスのあるピッチングを続けていければ、自然と1イニングでも2イニングでも多くなっていくと思うので、そういう試合を増やしたいと思っています。
――投手分業制の時代ですが、場面によっては完投を直訴することもありますか。
九里 いや、もう常に思っています。めった打ちを食らっても最後まで投げさせてもらいたいぐらいの気持ちでいるので。
――最後に、野球をする上で一番大切にしているポリシーを教えてください。
九里 やはり、野球が好きかどうかじゃないですか。現状維持でいいと思ってしまったら終わりだと思いますし、常にレベルアップしていくためにも、野球が好きじゃないといろんなことを勉強しようとは思わない。新しいことにチャレンジしたい。僕はそっちのタイプですね。
【2026年のチャレンジ】「200イニング登板」
イニング数にはこだわっているので、200イニング登板が目標。勝ち負けは操作できないところかもしれないですけど、イニング数は頑張れば稼げる数字だと思います。昨年も200イニング投げたいと思ってやった中で164イニング、あと36イニング足りていないのが現状。そこを伸ばすためにはどうすればいいか。信頼されてイニングを任せられるピッチャーこそが200イニングの領域に行けると思うので、そこは目指していきたいと思っています。
PROFILE くり・あれん●1991年9月1日生まれ。鳥取県出身。188cm98kg。右投右打。岡山理大付高から亜大を経てドラフト2位で2014年に広島入団。1年目から開幕ローテーション入りし、開幕2戦目に初登板初先発初勝利。リリーフも経験しながら20年には自身初の規定投球回をクリア。21年には13勝を挙げて最多勝のタイトルを獲得した。24年は自身初の開幕投手を務め25年に海外FA権を行使してオリックス移籍。チーム最多の11勝を挙げた。