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あの日、あのとき、あの場所で 球界の記念日にタイムスリップ

【1979年3月16日】曲がったことを真っすぐに。「お飾り」ではない正義のコミッショナー、就任へ

 

1980年11月のドラフト会議であいさつする下田コミッショナー[中央]。下田から左へ3人目には会議の司会担当だった当時パ・リーグ事務局・伊東一雄の姿も見える


ゆっくり余生をと思っていたが……


 プロ野球のコミッショナーは、組織の最高責任者である。日本プロ野球協約(2025年度版)第8条には、コミッショナーの「職権及び職務」として、次のように記されている。

「コミッショナーが下す指令、裁定、裁決及び制裁は、最終決定であって、この組織に属するすべての団体及び関係する個人は、これに従う」

 これだけ読めば、なるほどコミッショナーの権限は絶大なものだと思える。だが、実態は異なる。MLBと違い、NPBではコミッショナーの役割は限定的であり、事実上の最高意思決定機関は12球団によるオーナー会議となっているからだ。

 そのため、NPBのコミッショナーは「お飾り」「名誉職」などと揶揄(やゆ)されることが多い。実際、04年に巻き起こったプロ野球再編問題で、当時のコミッショナー・根來泰周(元東京高等検察庁検事長)は、「最高責任者」であるのに何ら有効な手を打つことができず、騒動の最中に辞意を表明したほどであった(のちに撤回)。

 そんな中で、例外的にイニシアティブを握り、率先して球界の改革に尽力した人物がいた。第7代コミッショナー・下田武三である。

 下田は東京帝大を卒業後、外務省に入省し・・・

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