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小笠原道大コラム

小笠原道大コラム 第102回 カープの外国人選手「同僚だったシュールストロム、対戦したルイスを特に思い出します」

 

シュールストロムは当初、日本ハムに入団。その後広島に移籍し、引退後にカープのスカウトになりました


 カープは昔から、日本野球に適応し成績を残す、優良な外国人選手のスカウティングに優れています。

 特筆すべきは1990年、NPBのチームとしていち早くドミニカ共和国に開いた「カープ・アカデミー・オブ・ベースボール」。詳しくは本誌特集に譲りますが、このアカデミー経由でカープ入りし、活躍した選手が多数います。ロビンソン・チェコ投手、アルフォンソ・ソリアーノ選手あたりが、先駆けですね。

 そしてカープといえば、なんといっても投手の獲得がうまい。その立役者の一人が、エリック・シュールストロム元投手です。彼は98、99年、ファイターズで私の同僚。2001年からの2年間はカープに所属し、引退後は駐米スカウトに転身しました。リリーフで活躍した自身の成功体験をもとに、日本で輝く逸材を選り抜いてくるのでしょう。

 シュールストロム投手自身が195cm超の長身から、角度のある速球を投げ込むタイプ。そのためか、彼の連れてくる投手はコルビー・ルイスブライアン・バリントンデニス・サファテキャム・ミコライオクリス・ジョンソン……と、全員190cm超の大型選手でした。現役のテイラー・ハーン投手は身長198cmながら、スリークオーター気味のフォームなので、また別の視点による選択なのでしょうね。

 結果の伴わなかった投手にしても皆、能力の高い選手ぞろいだったと思います。ただ好不調の波が大きい選手は、なかなか成功できません。異国でプレーする外国人選手の場合、メンタルの問題もそれを大きく左右したのではないかと思います。

 野手でもアンディ・シーツグレッグ・ラロッカブラッド・エルドレッド……。私がパ・リーグにいた時代の選手の名前ですらパッと思い浮かぶのですから、いかにカープの外国人選手が際立っていたかが分かります。

鋭いナックルカーブ


 私が対戦したカープの外国人投手で印象に残っているのは、前述のルイス投手です。身長193cmの本格派右腕。顏ほどの高さから、ナックルカーブが鋭く曲がり落ち、「ボール」と思っていた球が、ストライクゾーンに吸い込まれる。おまけに150キロ超のストレートと、キュッと滑るように変化するカットボール。いやあ、いい投手でしたね。

 その彼から、出合い頭(?)のホームランを打ったことがあります。08年か09年の、東京ドーム(編集部注=09年4月3日の第2打席)だったと思います。左中間にギリギリ飛び込む一打(逆転2ラン)でした。自分でもびっくりしましたね。制球力に優れ、球数少なく3球三振で仕留めにかかる。ファウルを重ねて追い込まれたら、もはや相手の術中です。そんな相手には、好球必打が鉄則。あのときは、カットボールかストレートをうまく捉えたのでしょう。

 と、カープの外国人選手たちの思い出を綴ってきましたが、基本的にカープは“純和製”の叩き上げのメンバーで戦い、勝ち抜いてきた印象です。特に「投手王国」の全盛期、外国人選手はほぼ野手だけ。日本人選手に足りない部分をピンポイントで補う、言葉どおり“助っ人”としての色合いがより強いチームが、カープだったように思います。

PROFILE
小笠原道大/おがさわら・みちひろ●1973年10月25日生まれ。千葉県出身。暁星国際高からNTT関東を経て、ドラフト3位で97年に日本ハムに入団。02年から2年連続首位打者。06年には本塁打王と打点王の2冠を獲得し、パ・リーグMVP。FAで巨人移籍後の07年にもセ・リーグMVPを受賞した。14年に中日に移籍し、15年限りで引退。通算成績は1992試合、6828打数2120安打、378本塁打、1169打点、打率.310。引退後は中日、日本ハム、巨人で二軍監督、コーチなどを歴任し、2024年から評論家活動を開始した。
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