日本学生野球協会は日本高等学校野球連盟、全日本大学野球連盟の上部団体である。日本学生野球憲章の下で活動を展開。憲章違反に対しては同協会の審査室にて処分が科される。自らで律してきた経緯として、戦前の「野球統制令」が関係している。運営サイドから歴史的背景を語る。 取材・構成=岡本朋祐、中野聖己 写真=BBM 
東京都渋谷区内の事務所前にて。立大卒業から日本学生野球協会の運営に携わり、40年以上になる
日本学生野球憲章の一部改正
――日本学生野球協会、全日本大学野球連盟、東京六大学野球連盟と多くの組織で事務局長の要職に就かれていますが、一番の軸というのは?
内藤 僕は学生野球出身の人間なので、大学野球や高校野球を含めた学生野球の仕事を軸にしています。そこから派生して、山中正竹会長がやられている全日本野球協会の副会長兼専務理事のお手伝いも支える団体の一つとしてやっていますが、あくまでも学生野球である大学野球、高校野球を軸に活動しています。
――それぞれの団体で長く運営をされていますが、一番気を配っている部分はどのようなことでしょうか。
内藤 例えば学生野球全体だと、戦後の昭和21年(1946年)に「学生野球基準要項」が制定されて、昭和25年(50年)に「日本学生野球憲章」ができたんですが、それ以降、大幅な改正はなかったんです。ところが、平成22年(2010年)に約2年をかけて全面改正しました。そのことはやはり印象深いですね。もちろん学生野球は教育の一環だということは変わらない考えですけど、一番変わったのは、学生野球とプロ野球の関係。それまでは特別な場合のみ許可するという受け身の形でしたが、条件付きでのプロアマ交流が許可されました。少し主語が変わった感じになったんです。見る角度も変わりましたし、憲章全体の考え方も変わった。日本学生野球協会には戦後から審査室による注意、厳重注意、および処分などを審議する場もあります。最近では、さまざまなスポーツ団体を含めて第三者委員会が設置されていますが、学生野球にはこの審査室が戦後からあり、協会の理事ではない方、弁護士などに入っていただいています。当時、ホームページにパブリックコメントを求め、広く意見を聞いたことも実績としてあり、開かれた全面改正だったと思っています。学生野球にとって、大きな出来事でした。
――2月25日に行われた日本学生野球協会の評議員会にて、日本学生野球憲章違反行為に関する処分基準の策定のほか、各規則の一部改正、内規、ガイドラインについて報告、了承がされました(2月6日に制定され、4月1日から施行)。今回の改正の経緯は何ですか。競技団体としては初の動きであると聞いています。
内藤 高校、大学の野球部の注意・厳重注意、対外試合禁止、指導者の謹慎・除名などについての処分基準を明確にして25日午後4時、日本学生野球協会のホームページにも公表しました。
経緯はスポーツ庁がスポーツ庁スポーツ団体ガバナンスコード(中央競技団体向け)を2023年9月29日に改訂しました。このガバナンスコードの要請を受け、日本学生野球協会では「処分基準」を作成し、公表する必要性を認めまして、23年9月20日に「処分基準制定委員会」を設置しました。本委員会は25年1月20日までに10回、本委員会の実務作業を担当するワーキンググループは本委員会とは別に13回行いました。同連盟理事のほかに、有識者を交えて13人で審議を重ねてきたのです。今回も2度のパブリックコメントを求め、それぞれ17人、5人から意見が寄せられ、施行への参考にしました。
――具体的な事例を挙げ、説明していただけるとありがたいです。
内藤 日本学生野球審査室が決める処分は、これまで前例に照らして決めていましたが、処分基準を具体化したということです。例えば、対外試合禁止処分を出す基準は「違反行為をした部員数が10人以上、または部員総数の50%以上」と明記し、連帯責任を負わせない方向性としました。誤解してはならないのは、あくまでも「緩和」ではなく「明確」にしたということ。野球部への対外試合禁止期間はこれまで、アウト・オブ・シーズン(12月1日から3月19日)も含めていましたが、今後は含めません。日本高野連は例外規定として、対外試合の解禁を3月第1週土曜日としていますが、ずらして処分期間を適用することになります。
――学生野球は独自で「正していく」という、ガバナンスコードを定めてきた歴史があるのですね。
内藤 特に学生野球は昭和初期のころから、すごく派手で人気があったんでしょうね。昭和7年(1932年)に文部省から「野球統制令」が発令されました。そのころの東京六大学野球は土、日曜日しか試合をやってはいけなかった。そういう時代を経て、戦後すぐ、学生野球全体、学校関係者や先輩方が「日本学生野球協会をつくって、その中で憲章を制定して、自分たちで律するから文部省の野球統制令をなくしてほしい」と願い出たんです。そういう歴史的背景があったので、学生野球は処分も、昭和25年からやっているのです。
――学生野球は主体的に厳しい処分を行っている理由も、歴史的背景をうかがうと納得できる気もします。
内藤 なぜか、野球だけが直轄だったんですね。だから1日の試合を開催するにも、文部省の許可が必要だった。その統制令にプロと試合をやってはいけないと、すでに書いてあったんです。それほど、学生野球にお客さんもたくさん入って人気があったということだと思います。
元プロ指導者の発信力
――昨今の大きな動きの一つに、元プロの学生野球資格回復があります。
内藤 それも平成22年の改正のときにグッと近寄ったんです。現在、元プロ選手の学生野球資格回復者は・・・
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