アリゾナで2016年のスタートを切った日本ハムの大谷翔平は、パドレスのアンディ・グリーン監督から「私も栗山監督と同じように投打の両方をとるね」とMLBでの二刀流起用に“GOサイン”をもらった。そんな大谷がまず目指すべきは、メジャーでも1人しか実現してない「10勝で10ホーマー」である。大谷はプロ入り2年目の14年にすでに達成しているが、1918年のルースに比べると遜色は免れない。しかし、日本で初めて実現した投手による10勝、10ホーマーをさらに広げることは、大谷の二刀流のさらなる成功につながるはずだ。 時空を超えて重なり合う日米が生んだ才能
メジャーで10勝と10ホーマーを同時に記録しているのは、1918年のレッドソックスのベーブ・ルースただひとりである。
27年の年間60ホーマーは61年にロジャー・マリス(ヤンキース)に更新されるまで33年間も不滅の記録であった。そのルースがレッドソックス時代の18年に記録した「10勝と同時に10本塁打」は、いまに至るまで再現されていないメジャー史上に残る唯一の記録だ。
14年にレッドソックス入りしたルースは左投手として脚光を浴びた。16年に23勝、翌17年にも24勝したが、レッドソックスでの左腕で連続20勝もいまも破られていない記録だ。
同時に強打の投手として評判をとっていた。18勝した15年には同時に本塁打を4本打っていたが、同年のレッドソックスの本塁打は14本。投手のルースは1人でチーム全体の30%近くを打っていた。生涯に714ホーマーを打ったルースの記念すべき第1号は、この年の5月6日のヤンキース戦で打たれていた。
当時のヤンキースは同じニューヨークを本拠地にするジャイアンツのポログラウンドを借用していた。第2号も6月2日のヤンキース戦でポログラウンドであった。この試合で本塁打を打った後に強打を警戒され2度歩かされると、頭にきたルースはベンチをけっ飛ばし、足の指を痛めて2週間も戦列を離れることに。
連続20勝の16、17年にも3本、2本を打っていたルースは、18年にはその強打を買われて一塁と外野を初めて守った。18年6月5日のインディアンス戦では、ルースはメジャー史上初の4試合連続本塁打を記録する選手になった。
その前の5月9日のセネタース戦では、この年で9年連続20勝を記録するウォルター・ジョンソンから5打数5安打し、その強打は全球団から警戒されるようになった。この年は11ホーマーを放ち、ア・リーグの本塁打王になるが、もちろん投手として初の快挙。アスレチックスのティリー・ウォルカーと並ぶ同数の本塁打王であるが、19年になるとルースは半ば野手に専念するようになり、29本を打って2位に19本差をつける断トツの本塁打王だ。
ただし、投手では17試合にしか投げず4年連続の2ケタ勝利はストップするが、130試合に出場するレギュラー外野手になった。18年から21年まで4年連続本塁打王になったルースは、23、24年と26年から31年まで6年連続の本塁打王と、ホームランでもメジャーを席巻するようになった。
二刀流成功のカギは「打者・大谷」の覚醒

アメリカ・アリゾナ州のキャンプでもMLB関係者の視線をクギ付けにしている大谷翔平。二刀流4年目の2016年シーズンは今後を左右する重要な1年になりそうだ
ルースの通算714ホーマーはいま、バリー・ボンズの762本、ハンク・アーロンの755本に更新されたが、1918年の「13勝、11ホーマー」は更新されないままである・・・
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