圧倒的な強さで25年ぶりのVを果たした広島。強力打線に注目が集まることが多いが、試合の終盤を抑えたリリーフ陣の貢献も見逃せない。最終回のマウンドに仁王立ちし、その中心を担った24歳の若き守護神・中崎翔太に話を聞いた。 取材・構成=吉見淳司、写真=松村真行、BBM 平常心貫いたV決定マウンド

9月10日の巨人戦[東京ドーム]では2点リードの9回から登板し、無失点に抑えて見事に胴上げ投手となった
――9月10日の巨人戦[東京ドーム]でリーグ優勝を決めてから、約1カ月がたちました。優勝したんだと実感することはありますか。
中崎 僕はまだそれほど感じることはないですね。これからクライマックスシリーズ(CS)が待っていますから。
――初めての胴上げ、ビールかけはいかがでしたか。
中崎 楽しかったですね。ビールかけのためにプレーしているわけではないですけど(苦笑)、できて良かったです。
――胴上げ投手となりましたが、事前に
畝龍実投手コーチから「最後に行くぞ」と伝えられていたのでしょうか。
中崎 マジックが2になったくらいで、「最後は行くと思っておいてくれ」とは言われていました。試合展開自体、2点差でしたから(6対4)自分が投げるものだと思ってしっかり準備をしていました。
――最後を任されるのは1年間の成果が認められた証しだと思いますが、それを伝えられたときに喜びは。
中崎 いえ、特別な感情はなかったですね。与えられた場所で、名前が
コールされたらしっかり投げるというのが仕事なので。
――普段の試合どおりに投げられた。
中崎 そうですね。いつもと変わらずに投げられたと思います。チームはいつもイケイケですし、雰囲気も同じでしたね。
――25年前の優勝で胴上げ投手となった
大野豊さんは、「当時の僕は36歳だったけど、中崎は24歳なのに堂々としている」と感心していました。
中崎 本当ですか(笑)。チームがすごく強いので、いつも落ち着いて投げられているのはそのおかげだと思いますね。
――優勝が決まったときのパフォーマンスなどは考えられていたのでしょうか。
中崎 特に何も考えていなかったですね。ガッツポーズも自然に出たもの。抑えて決まった瞬間にはみんながマウンドのほうに来ると分かっていたんですけど、僕自身は終わったら何をしていいのか分からなくて。気が付いたら石原(慶幸)さんに持ち上げてもらっていたんですけど、後から「重い」と言われました(笑)・・・
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