前号ではメジャーに比べてはるかに多い日本のプロ野球の犠打について述べた。ア・リーグは1試合(両チーム合計)平均0.37犠打だが、同じDH制を採用しているパ・リーグは1試合平均1.51本。実に4倍以上も多い。せっかく打撃力に長けたバッターをメンバーに入れているのに年間の犠打数がセ・リーグと大差ないのも送りバントにこだわる日本の野球を象徴している。 MLBと日本でこんなにも違う犠打数

2015年シーズンで最も犠打を重ねたのは広島の菊池。年間を通してチームプレーに徹した
あらためて昨年の日米球界の1試合平均の犠打数から見ていこう。
[日本]
セ・リーグ 1.73犠打
パ・リーグ 1.51犠打
[MLB]
ナ・リーグ 0.61犠打
ア・リーグ 0.37犠打
犠打ははるかに日本のほうが多い。DH制のある両リーグを比べるといっそうはっきりする。ア・リーグはパ・リーグの27.8%である。それなのに日本ではパとセ・リーグの犠打数にそこまでの差はない。
DH制のア・リーグは合計453犠打で1球団平均30.2犠打、投手も打席に立つナ・リーグは合計747犠打で平均49.8犠打。両リーグを通じて最少のアスレチックスは年間を通じて14犠打で、最多のインディアンスでも47犠打。同じDH制のパ・リーグでは全球団が100犠打以上で1球団平均にすると107.7犠打。いかに犠打に頼っているかが一目瞭然である。
投手も攻撃に参加するセも当然ながら6球団のすべてが100犠打以上で
阪神は138、
DeNAは137、広島は135犠打だ。最少の
ヤクルトでも104犠打で全球団の平均は124.0犠打だ。
日本での2015年の個人最多犠打は広島の
菊池涼介の49犠打で、
巨人の
片岡治大は36犠打で2位。DHのあるパでは
ソフトバンクの
今宮健太は35犠打で1位であり、同2位の
日本ハムの
中島卓也は34犠打だ。
メジャーの最多犠打はア・リーグはインディアンスの
リンドーアの13であり、ナ・リーグは11勝した投手のテヘラン(ブレーブス)の14だ。メジャーで10犠打以上したのは両リーグを通じても8人しかいないが、日本で10犠打以上はパに18人、セにも17人いる。
かつてはメジャーもバント戦術を多用
かつてはメジャーでも日本を上回る犠打の数を記録していた時代もあった。日本にプロ野球が復活した1946年はナ・リーグで1試合平均(両チーム合計)1.45本、ア・リーグでも1.16本を記録していた。この年に復活した日本のプロ野球は1試合平均0.69本だからメジャーのほぼ半分であった。
プロ野球が復活した日本ではホームランブームの時代であった。新人の
大下弘(セネタース)が20号の新記録を樹立したことで、ファンの目はホームランに集中していた。優勝したグレートリングは盗塁200と犠打60で足を武器にした。グレートリングの
河西俊雄は39盗塁と15犠打の両方で1位になり、優勝に大きく貢献したが、ファンの目は足よりも豪快なホームランに向けられていた。
4位の阪急はホームランは14本で犠打も19本。個人で10犠打以上は河西の15盗塁、10盗塁の
筒井敬三(グレートリング)、
金山次郎(中部日本)、
山田潔(ジャイアンツ)の全部で4人と犠打に注目する向きは少なかった。
日本とは対照的にメジャーは送りバントは大きな戦力になっていた。1906年のカブスは155試合で231犠打、同年のホワイトソックスは154試合で226犠打と、20世紀初頭のメジャーではバントは欠かせない戦術になっていた。
エディ・コリンズは1906年から30年にかけ、俊足の名内野手として鳴らしたが、通算511犠打はいまなおメジャー・リーグ記録として破られていない。破られる可能性もない。
同2位は392犠打のジェイク・ドー
バード(1910年~24年)であり、同3位は383犠打のスタッフィー・マッキニス(1909年~27年)だが、いずれも21世紀初頭の選手とあって、コリンズの記録は破られない。現役1位は95犠打のエルビス・アンドラス(レンジャーズ)とあって、いまや犠打の通算記録は、絶対に更新できないのである。
話を1946年に戻すが、46年にア・リーグで優勝のレッドソックスはリーグ随一の106犠打であり、このレッドソックスと覇権を争ったタイガースもリーグ3位の104犠打。ナ・リーグでも2ゲーム差で優勝を逸したドジャースはリーグトップの141犠打。その犠打がいまやメジャーでは記録的な価値を失っている。しかし犠打を多用する日本では記録的な価値を失っていない。通算3傑はこうだ。
1位 533
川相昌弘(84~06年)
2位 451
平野謙(81~96年)
3位 408
宮本慎也(95~13年)
引退した選手ではあるが、つい先日までプレーしていた選手たち。現役1位となると293犠打の
田中浩康(ヤクルト)が登場する。メジャーとは異なり、犠打の記録は現役選手にいまもつながれている日本のプロ野球である。
強攻策を標榜するチームの出現に期待

日本球界のバント戦法はいつまで続くのか。相手の裏をかくような強攻策を用いるチームが1つでも出てくればプロ野球はもっと面白くなる
日米の犠打数は逆転し、いまや日本のほうがはるかに多くなった。80年代になって、年々その差は開く一方だ。
巨人の川相昌弘は90年に58犠打で初めて1位になると以後、97年までの8年間に94年を除いて1位の犠打数を記録し、
中日に移って3年目の06年に通算533犠打となって現役を退いた。
年々伸びる川相の犠打数は送りバントを野球ファンの脳裏に刻みつけた。いまや送りバントは日本で野球の正攻法となっている。己を殺してチームのために尽くす犠打は日本人の気質にピタリなのだろう。
しかし、相手にワンアウトを無条件に与えてしまう。仮にバントせずに打たせても2割5分程度の打率は期待できる。強攻策との兼ね合いが気になる。
メジャーでは戦術的意味はかなり薄れてきた送りバントだが、その大きな理由は「ワンアウトを相手に与えて走者を進めても結果的には採算がとれない」ということである。
メジャーでは、それを数字の上で解明している。アウトカウントと走者の位置によっての得点の可能性は、幾つかの研究が発表されている。その1つである『Hidden Game of Baseball』から紹介しよう。
無死一塁で期待できる得点数は0.78点だが、ここでバントして一死二塁となると期待できるのは0.70点となる。
日本では無死一塁でのバント策は普通であるが、成功して走者を一個進めても、期待できる得点数はほとんど変わらない。それならバントではなく打たせてもいいのではないかと思う。
いつかこの点を日本シリーズに何度も出場している監督と議論したとき、その監督は「理屈はどうであろうと、監督は走者が一個でもホームに近いベースに進めておきたいのですよ」と逃げられた。
無死二塁での得点可能数は1.07点だが、バントして一死三塁とすると、得点可能数は0.90になってしまう。それでもワンアウトを相手に呈上するバント策にこだわるべきか。
いまやメジャーではバント策にこだわらない。日本でも12球団のすべてがバント策に執着するのではなく、強攻策に出るチームがあってもいいのではないか。
昨年のア・リーグ3地区で犠打数が多い6球団のうちの3球団が各地区の1位になっていた。
一方、ナ・リーグでは各地区の優勝球団はすべて犠打の少ない8球団に含まれていた。犠打数だけでチーム力を測定するのは難しいが、ここで筆者が言いたいのは、12球団すべてがバント策にこだわるのはやめようということ。強攻策を看板にする球団は出現しないものか。