“約束”が何だったのかは明かされなかった。それでも、松井秀喜が巨人軍監督の座に就いたという事実に変わりはない。恩師が着けた「90」と伝統球団の監督に求められるものを背負い、新たな指揮官は歩みを進めていく。 文=鷲田康[スポーツジャーナリスト] 写真=桜井ひとし、BBM 
長嶋監督[右]との師弟関係が松井監督の指導者としての礎となっている
師弟の“約束”
巨人・松井秀喜監督誕生。
巨人ファンだけでなく、多くの野球ファンが夢に描いていたその姿が、ついに実現した。巨人のユニフォームを脱いで24年、現役を引退して14年。待ちに待った、その瞬間がようやくやってきた。
10月23日に行われた監督就任会見。
「皆さま、こんにちは。来季より巨人軍の監督に就任することになりました松井秀喜です」
こう語った松井監督は、約40分の会見の間で14回、同じ名前を口にした。
「本当はね、長嶋監督にもこの姿を見ていただきたかったなという気持ちは正直ありました」
思いを馳(は)せたのは、巨人入団以来、師弟として歩んできた
長嶋茂雄さんのことだった。
会見では濃紺のスーツにドット柄のネクタイを着用。これは2013年、長嶋さんと国民栄誉賞を受賞した際、長嶋さんが御用達のテーラーで新調してくれたおそろいのものだった。会見場の「オークラ東京」も長嶋さんゆかりの場所だ。ホテルのオールダイニング『オーキッド』のアップルパイが大好物で、取材といえば「オークラで」と指定。長嶋さん専任の
バトラーもいた。
そして選んだ背番号は「90」。
第一次監督時代に長嶋さんが6年間着けていた番号である。
「私も(長嶋さんの)その気持ちをもちろん継いでいきたいというのが一番です」
松井監督は静かにこう決意を語った。
2002年オフに松井監督が巨人を去ってから、ことあるごとに監督としての復帰を望む声は巨人関係者、親会社の読売新聞グループ関係者からも何度となく流れてきていた。
なかなか具体的に動き出さなかったその夢を動かしたのは、やはり長嶋さんの存在だった。
2025年6月3日に長嶋さんが逝去。ニューヨークから弔問に駆けつけた松井監督は、約2時間、2人だけで過ごした後に、報道陣にこんな話をした。
「長嶋監督と生前、“約束”したこともありますので。ここでお話しすることはできませんが、その“約束”を果たしたいなと思います」
就任会見で松井監督はこの“約束”についてこう語っている。
「自分のあの発言によって、いろいろな臆測が飛び、当時のチームに、すごい迷惑をかけてしまった。だから言うべきじゃなかったと思っています。ということで私の中では自主撤回しておりまして、皆さんがご自由に考察してください」
ただ、長嶋さんが亡くなったことが、松井監督の心に何かのきっかけを与えたことは間違いのないことだった。
そしてその心の変化の中で・・・
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