ここ4年間で3度のリーグ優勝、日本一も一度経験している阪神。常にリリーフとして役割を果たしながらも、3度とも祝勝会を逃した。そしてついに今年、歓喜のときを迎える。常にピッチングへの進化を考えたことで、至福のときにたどり着いた。 文=柏原誠(日刊スポーツ) 写真=宮原和也 いつもそのときに……
極上のシャワーが全身に染みた。勝者だけに許されたカオスの空間。先輩も後輩も、立場も忘れた。約30分の派手な酒宴を岡留英貴は心ゆくまで楽しんでいた。「最高に楽しかった。本当、今思うのはそれだけです」と笑顔がはじけた。
ビールかけは実は初めてだった。不思議なほど縁がなく、苦い記憶ともリンクするイベントだった。 プロ2年目で念願の一軍デビューを果たした2023年。チームは
岡田彰布監督の下18年ぶりの優勝を果たした。岡留も中継ぎとして8試合に登板、防御率1.29の成績を残していたが、胴上げの3日前に出場選手登録を抹消された。大阪府内のビールかけ会場に呼ばれることはなかった。
オリックスとの激闘を制した日本シリーズも苦い記憶として残っている。第2戦で0対4の7回に三番手で登板したが、2安打1四球、3点を失って降板した。以降は第7戦までベンチ入りがかなわなかった。熱狂の裏側で人知れず、唇をかんでいた。
昨年は入団以来2度目のリーグ制覇だったが、またしても優勝決定日の11日前に抹消された。この年も10試合に登板して防御率1点台。二軍ではウエスタン・リーグの最多セーブに輝いたが、一軍優勝の瞬間には、いられなかった。
「これまでの優勝のときは何日か前に抹消されて……。運とかではないと思っています。しっかりと自分の実力さえあれば一軍にいられたと思っているので、ただ、自分の実力不足なだけですね」 今季は
巨人とのデッドヒートになった。優勝決定は10月3日まで延びた。その直前、岡留は同期入団でブルペン仲間の
桐敷拓馬らと食事しながら、実はビールかけに縁がないことについて話していたという。入団5年目の悲願だった。
答えは昨年と同じ日に
歓喜までの道のりは険しかった。今年はコンディション不良による独自調整が続いた。沖縄キャンプは二軍具志川で過ごした。マウンドからも遠ざかった。5月に入ってようやく対打者への投球を再開。6月4日、ファーム西地区の
ソフトバンク戦(SGL)で試合復帰を果たした。1安打2四球は出したが1回無失点。白星のおまけもついた。1週間後には2日連投もクリア。一軍復帰への視界は順調に開いていたかに思われた。
ただ、そううまくはいかなかった。二軍で登板を重ねたが、ブランクの影響か、思うように内容が伴ってこない。岡留が二軍で投げ始めたころ、一軍は激しい首位争いを演じていた。8月に入ると、優勝への道筋がおぼろげに見え、リーグ連覇の機運が高まっていた。一軍の上昇カーブと歩調を合わせるように、背番号64の調子もじわりと上を向いた。
朗報は突然、もたらされた。8月27日。ファーム西地区
広島戦で山口・由宇の球場に到着していた岡留は・・・
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