昭和生まれのレジェンドの皆さんに、とにかく昔話を聞かせてもらおうという自由なシリーズ連載。捕手として近鉄、巨人などで活躍した有田修三さんの3回目は、近鉄時代の日本シリーズのお話を中心に伺いました。 文=落合修一 
有田修三
佐々木恭介の打球は「あれ、フェアですよ」
──1979、80年と近鉄はリーグ連覇。当時はどんなチームでしたか。
有田 打つチームでしたよ。投手のチームではなかった。投手は
鈴木啓示さんぐらいでね。
チャーリー・マニエルがいて、本塁打が欲しいところで本塁打を、安打が欲しいところで安打を打ってくれた。栗橋(
栗橋茂)、佐々木(
佐々木恭介)、羽田(
羽田耕一)もいたし、とにかく打線が強かった。
──79年の
広島との日本シリーズについて聞かせてください。大阪球場での第7戦、いわゆる「江夏の21球」のとき、有田さんはベンチにいたのですか。
有田 スタメンで出ていたんですけど、途中で交代したんです。映像を見ると、西本(
西本幸雄、監督)さんの横に僕がポンと座っている。唾ばっかり吐いて、感じ悪いですけど(笑)。
──9回裏、1点を追う近鉄が無死満塁。
江夏豊投手を追い詰めました。
有田 逆転すると思いましたよ。楽勝で勝つと思った。
──佐々木選手の三塁線への打球は、非常に際どいファウルでした。
有田 あれ、フェアですよ。フェア。三塁手の頭を越えていたら、逆転サヨナラやったのに。
──その後、佐々木選手は空振り三振。続く
石渡茂選手は一死満塁でスクイズを試みましたが、江夏投手に外され、三走・
藤瀬史朗選手がタッチアウトになりました。スクイズのサインが出たときは、「これで追いつく」と?
有田 思いましたよ。僕が西本さんの横に座っていたから、スクイズのサインを僕が出したと思っている人もいるんです。相手チームも「サインは全部、有田が出している」と思っていたらしい。でも、僕は何も出していません。
──石渡選手が初球を見送ったあと、西本監督がスクイズに切り替えたと言われています。
有田 最初のストライクを見て、「普通に打たせても無理や」と思ったんでしょうね。それでスクイズに変えた。試合が終わってから、西本さんは「有田を残しておけばよかった」と言っていたな。江夏は僕のことを嫌がっていましたからね。
──第2戦では、有田さんが江夏投手から本塁打を打っています。
有田 バックスクリーンへ打ったんですよ。江夏さんにも「俺からバックスクリーンへ本塁打を打ったのは、外国人選手とおまえぐらいや」と言われました。だから、第7戦の最終回も・・・
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