
▲日本シリーズ第1戦からイチロー封じの配球を徹底した捕手.古田(左)。第2打席では空振り三振を奪いシリーズの流れをつかみ4勝1敗で日本一をつかんだ
95年の日本シリーズは阪神・淡路大震災からの復興を目指しながらパ・リーグを制したオリックスと、野村ID野球を駆使し90年代をリードしセ・リーグを制したヤクルトとの戦いだった。オリックスには天才打者・イチロー(ヤンキース)がいたが、野村克也監督はシリーズ前に情報戦を仕掛け、古田敦也捕手は徹底した配球でイチローを封じ込めた。 写真=BBM 高めを意識させた配球を徹底し…… 仰木彬監督が率いたオリックス・ブルーウェーブは1995、96年にパ・リーグ連覇を達成し、中心選手だったイチローもこの2度、日本シリーズを経験している。
95年1月17日に発生した阪神・淡路大震災からの復興のシンボルとなった95年のリーグ初優勝では、古田敦也捕手を擁する野村ヤクルトの前に1勝4敗と散った。
連覇に成功した翌96年は、ゴジラこと
松井秀喜を擁する長嶋
巨人に95年と正反対の成績である4勝1敗で雪辱を果たし、見事に日本一に輝いている。
あまりクローズアップされることはないのだが、この2つのシリーズでの、イチローの打撃成績は驚くほど似通っている。ともに5試合を戦い、19打数5安打の打率.263、本塁打はともに1本、打点は95年が2点で96年が1点とほぼ同じだ。
にもかかわらず、95年はヤクルトに抑えられたイメージが強烈に残り、96年は巨人を相手に活躍した感覚があるのは、やはり結果によるものだろう。両シリーズともサク越えは1本だったが、それが飛び出した試合がいつの時点だったかということも大きく影響しているように思える。
勝った96年は敵地・東京ドームでの第1試合に決勝本塁打として飛び出した。一方、負けた95年は決着のついた第5試合に神宮球場に打ち上がった空砲として出ている・・・
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