
▲第4戦で完封勝利をマークした香田(右)が藤田監督と握手。その後方で近藤ヘッドも笑みを浮かべる(写真=BBM)
勝負は下駄を履くまで分からない。1989年、巨人対近鉄の日本一を決める戦いはシ烈を極めた。球団創設初の日本一へ挑む近鉄はシリーズ開幕から3連勝。ところが、第3戦勝利投手の不用意な一言によって奈落の底へと転落したのだ。 取材・文=池田哲雄 奏功した名前にとらわれない起用 「そんなこと言われたら巨人の名が廃るぞ」 藤田巨人が日本シリーズ開幕から予想を覆す3連敗。雌雄を決する戦いの流れは猛牛軍団・近鉄へ大きく傾きかけていた。
10月24日、藤井寺球場から敵地・東京ドームへ舞台を移した第3戦、近鉄は巨人に3対0で快勝した。6回1/3、3安打、2奪三振、無失点の好投を見せた、近鉄先発・加藤哲がお立ち台で、不敵な笑顔を浮かべてこう語った。「最高にうれしい。四球さえ出さなければ打たれる気はしなかった。シーズン中より気楽に投げられた」
おまけにマイクを向けたアナウンサーの誘い水に乗せられて「(同じパ・リーグで、その年最下位の)
ロッテ打線の方がよっぽど迫力ある」というニュアンスの強気のコメントまで発した。
当時ヘッドコーチを務めていた
近藤昭仁は、そのときの様子をこう振り返る。「3戦負けた試合後のミーティングで、加藤がこんなことを言っとったそうじゃないか。『ロッテ打線の方がジャイアンツより手応えがある』って。そんなことを言われたら、ジャイアンツの名が廃るぞって、ね」
当時の日本シリーズは現在とは異なり、デーゲームで行われていた。想定外の3連敗後に時の読売新聞社最高幹部が、藤田(元司)監督の下に足を運んでいる。「その日の夜10時ごろ、務台さん(光雄氏、当時・読売新聞社名誉会長)が、私たちの宿泊するホテルに来られた。私と藤田監督が地下駐車場まで迎えに行って、藤田さんと部屋に上がり、2人だけで話をしたようです。藤田さんから話の内容は聞いていませんが、たぶん務台さんの訪問は激励の意味合いだったと思いますよ」
翌25日に行われた第4戦の巨人・先発投手は、このシーズン7勝3敗の成績を残した成長株の香田だった。香田が投じる大きなカーブが、いてまえ打線の異名を取る破壊力抜群の猛牛打線を翻弄した。結果は5対0の見事な完封劇だった。親会社最高幹部からの檄が藤田巨人を死の淵からよみがえらせたのだ。
試合後、報道陣の囲み取材に答えた近藤は、興奮冷めやらぬ口調で一気にまくし立てた。「オレはなあ、いろんなケースを体験しているんだ。だからシリーズは分からないって言っただろ」
意気揚々とロッカールームに引き揚げる、この日のヒーロー・香田の姿を見付けると・・・
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