週刊ベースボールONLINE


 


真弓明信、ランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布……。もう2度とあり得ない顔ぶれとその迫力で1985年の猛虎打線は“神話”となった──。
文=平野重治 写真=BBM

「攻めて攻めて攻めまくれ!」の吉田監督の単純明快な指針

▲攻撃野球を標榜した吉田監督。優勝を決め、トラの形をしたダルマに目を書き込む



 あまりにも有名なバックスクリーンへの3連発(85年4月17日、対巨人、甲子園)。しかし、これは開幕してまだ4試合目のこと。のちには「これがあったから優勝できた」というような言われ方をされるようになったが、実際のところは「今年も巨人には強いな」というのが当時の阪神ファンの素直な印象だったと思う。84年には4位に沈み、16も負け越していたのに、巨人戦は唯一の勝ち越しカード(12勝11敗3分)。この年も前日10対2、この日は6対5と対巨人戦連勝スタートと相性がいい(翌18日も11対4で3連勝)。阪神ファンにとって甲子園の巨人戦は大きな楽しみになりそうなシーズンではあった。

 もっとも、この3試合、詳細に見ていくと、「なるほどそうか」と合点がゆくものではあった。

 まず、打線が3試合で計27点と打ちまくったことだ。3連戦の初戦に木戸克彦が2ホーマー。2戦目はランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布の3連発。そして、3戦目は真弓明信が逆転3ラン。見事な85年の打の役者たちのそろい踏み。

▲四番を打った掛布は、つなぎに徹し、打線の潤滑油の役割も果たした


▲加入3年目で打棒が爆発。三冠王を獲得する活躍を見せたバース



 投手陣も伊藤宏光、工藤一彦、中田良弘が勝利投手。何より、中西清起が2セーブ(2、3戦)。3戦目は11対4の試合でのセーブだから、3イニングを投げている。この年の中西はオールリリーフで107回?も投げており、もう少しで規定投球回数に届くほど。いまの1回限定セーブ投手とは迫力が違うのだ。

 打も投も、選手たちが「今年はやれる」の雰囲気になっているのは感じられた。

 とはいえ、5月1日からの後楽園での巨人戦では、お返しの3タテを食らっている。3試合でわずか5得点。打線は水もの。�狄轡瀬ぅ淵泪ぅ搬農��瓩�手のつけられない連続爆発を起こすのはまだ先のことである。�狃侈瓩雖�1年目の吉田義男監督は、意識的に「土台作り」という標語(?)を飽かず繰り返した。これは「今年勝てなくてもいい」ということではなく「足元を見詰めよう」ということではなかったか。「自分のできることをやれ」と。

 ただ、吉田監督が、もう1つ飽かず言い続けたことがある。それは「攻めて攻めて攻めまくれ、ですわ。守りに入ったらダメ。ウチは攻撃野球です。守っているときでも攻めの気持ちでやってもらう」だった。これは選手には、単純で明快な方針。打者は「よっしゃ」となった。

▲1985年セ・リーグ順位表

特集記事

特集記事

著名選手から知る人ぞ知る選手まで多様なラインナップでお届けするインビューや対談、掘り下げ記事。

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング