2013、14年とチームが連続Bクラスに沈んだのは、エースがエースとして働けなかったからだ。強い中日の中心に当然のように君臨した男が、「トミー・ジョン手術」からの復活ロードを歩み始めた。背番号19が再び、チームの命運を握る。 写真=小山真司、内田孝治 
流麗なフォームから放たれるボールは制球良くキャッチャーミットに収まる。エースの投球が強い中日に戻ってきた
普通に投げて普通に勝つ
病室で手の甲まで腫れ上がった右腕を見て、ただただ時が過ぎるのを待つしかなかった。
あれから2年。
吉見一起が勝った。2015年4月1日。本拠地・ナゴヤドームで
巨人を相手に6回2安打、無失点。13年4月23日の
阪神戦(ナゴヤドーム)以来、708日ぶりに白星をつかみ取った。
息を軽く吐き、セットポジションにつく。左足を上げて一瞬の間をつくり、体を沈み込ませながら右腕をしならせる。これしかないという動き、バランス、しなやかさ。放たれた白球が、寸分違わず構えたミットに吸い込まれる。そう、これぞ吉見――。
「試合前は緊張した」という立ち上がり。いつものようにグラブでポンと右肩をたたき、心を整えてからプレートを踏んだ。初球は
坂本勇人に外角低め142キロの直球でストライク。「始まったら、バタバタすることもなく集中できた」。走者を出しながらも、丁寧な投球でスコアボードに「0」を並べた。3回無死一、二塁では
大竹寛のバントを素早く三塁に送球し、併殺打にした。「当たり前のプレーです」。その後も直球やフォーク、スライダーを冷静にベースの隅に配置した。そんな吉見の力投にチームも奮闘。打線の援護、リリーフ陣の好投もあり、9対0で巨人を圧倒した。
勝利の瞬間はベンチから飛び出し、野手をハイタッチで迎え入れた。それでもお立ち台ではどこか淡々としているように見えた。込み上げてきたのは意外な感情だった。
「もっとうれしいだろうと思ってたし、泣くのかなと期待してた人もいたかもしれないけど、正直言うと『普通』でした。もっと早く勝っていたかったし、自分の中では遅いのかな、と思っています」
だからなのかもしれない。勝利の直後、100通以上のお祝いメッセージが携帯電話に届いても実感はわかなかった。普通に投げて普通に勝つ。そこに特別な感慨はない。「健康に投げられていることが幸せ」。当たり前にやってきたことができている喜びの方が大きかった。

4月1日の巨人戦で手にした708日ぶりの白星も、淡々と振り返った
苦闘の日々に手に入れた新たな思考
13年6月、右ヒジにメスを入れた。通称「トミー・ジョン手術」。右ヒジ内側側副靱帯(じんたい)を切除し、左腕の正常な腱(けん)を移植した。自身4回目の手術だったが、これほど大掛かりなものは初めて。手術は4時間以上かかった。「初めは本当に治るのかなと思った」。
昨年7月に一軍復帰したが、3試合目に右ヒジが張り、戦線離脱。先の見えない日々に逆戻りした。そういう日々の中で、吉見は新たな『思考』を手に入れた。
「考え方が変わりました・・・
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