卒業時は「即戦力」として期待される大学生は昨年、侍ジャパン大学日本代表でも活躍した右腕2人を取り上げる。最終学年を迎えて心身とも充実しており、さらに飛躍しそうだ。 取材・文=佐伯要 写真=井田新輔 
大分商高時代からドラフト候補に挙がっていた大器。最速154キロ右腕は、今春の開幕カードの立大戦で東京六大学リーグ通算10勝を挙げた
主将就任が契機で精神面の課題を克服
「立場が人をつくる」という。明大のエース右腕・
森下暢仁は主将となり、人として、投手として成長した。
昨春から明大のエースナンバー「11」を背負っていた。昨夏は2年連続で侍ジャパン大学代表に名を連ねて、国際舞台で活躍している。
直球は最速154キロ、常時140キロ台後半を計測する。大きく曲がり落ちるカーブで打者のタイミングを外し、カットボール、スライダー、チェンジアップを使って打ち取る。
その実力は誰もが認めるところ。だが、昨年は春秋通算で7勝5敗という物足りない成績だった。終盤に失点して負ける試合が続き、善波達也監督は「(精神面が)弱い。走者を出すと簡単に失点する」と厳しかった。森下は昨年の自分を「エースの自覚が足りなかった」と振り返る。
転機は昨秋。新チーム結成時、主将候補だった北本一樹(4年・二松学舎大付高)がケガでチームを離れた。そのとき、森下に「自分がやらなきゃいけない」という使命感が芽生えた。元々はリーダータイプではない。だが、ミーティングでは率先して前に出て発言するようになった。
その変化を見て、善波監督は森下に主将を任せた。指揮官はその後の森下に目を細める。「責任感が出て、いい取り組みができている。精神面の課題は払しょくされました」。
迎えた今春のリーグ戦。開幕の立大1回戦(4月20日)では6回4失点で敗戦投手になってしまう。直球は152キロを計測したが、甘くなったところを狙い打たれた。
試合後の取材で、森下は「初回から球が高めに浮いて、それを修正できなかった」と反省した。昨秋までの森下は、負けた試合の後はうつむいたまま小声で話していた。しかし、このときはしっかり前を向き、ハッキリした声で答えていた。
ナインの前で頭下げ有言実行の10勝目
立大1回戦の試合後、ロッカールームでのこと。森下はチームメートに「2回戦で勝って、3回戦で投げさせてほしい」と頭を下げた。
翌日の同2回戦では仲間がそれに応え、4対3で勝利。登板機会がなかった森下は、ベンチの最前列でチームを鼓舞していた。「主将として、やるべきことをやろうと思いました」。その背番号「10」の姿に、2016年の主将兼エースだった
柳裕也(現
中日)が重なった。
立大1回戦の映像を見直し、頭が捕手方向に突っ込んでしまっていた点や左手の使い方を修正。4月22日の同3回戦に臨んだ。
直球は球速よりも低めに制球することを意識した。カーブを効果的に使って緩急で翻ろうし、10奪三振。リーグ戦初完封こそ逃したものの、1失点完投で通算10勝目を挙げた。
「これだけ投げさせてもらって(通算29試合)、まだ10勝しかしていない。やっとか……と皆さんも思っているでしょう。次もその次も、1回戦で勝てるようにやっていきたい」。森下は柔らかい表情で言った。
高校時代から148キロ右腕としてプロのスカウトが注目する存在だった。当時からプロに行きたい気持ちがあったが、不安もあったため、明大に進んだ。それから3年が経ち、ドラフトイヤーを迎えた森下は言う。
「今は、プロはちゃんとやれば行ける場所だと思っています。自信を持ってやっていきたい」
高校時代から森下を視察し続けている
広島・
苑田聡彦スカウト統括部長は、成長ぶりを高く評価する。
「高校時代から腕の振りがよかったが、当時はバラつきがあった。今はそれがなくなった。投球にリズム感があって、キレのいい球を投げる」
苑田氏は「悪いときに自分で修正できる投手が、プロで勝てる投手」とも言う。その意味で、森下は開幕カードで答えを出したと言っていい。
森下を取材している中で、印象に残った言葉がある。
「主将になって、人として成長できたと思います。それが野球にもつながるんだな、と感じています」
『人間力野球』の伝統を受け継ぐメイジの主将兼エースの言葉には、実感がこもっていた。

命運を握るエースでありながら、最終学年は主将を任され、登板のない日もベンチ中央でチームを鼓舞。責任感が大きな力となっている
PROFILE もりした・まさと●1997年8月25日生まれ。大分県出身。180cm75kg。右投右打。明治小3年時から明治少年野球クラブで野球を始め、6年時から投手。大東中では3年時に県大会、九州大会を制して全国大会出場。大分商高では1年夏からベンチ入りし、同夏の甲子園出場。2年秋からエースで3年夏は県大会準優勝。U18W杯では高校日本代表として銀メダル獲得。明大では1年春から登板。昨夏は大学日本代表として日米大学選手権に出場し、ハーレーム・ベースボールウイークでは優勝に貢献。最速154キロ。変化球はカーブ、カットボール、スライダー、チェンジアップ。