かつては「紺」がメーンのチームカラーで、ユニフォームも地味なものが多かったが、初優勝とともに「赤」がメーンのカラーとなって、チームのアイデンティティーが確立された。空前のカープブームを経て、赤の伝統は続いていく。 広島カープ(1950~1967) - 広島東洋カープ(1968) 【Best1 1975~1976年モデル】歓喜の初優勝を呼んだ「赤い帽子」
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山本浩二
75年、球団創設26年目で悲願の初優勝を果たした年のモデル。ユニフォームのデザインは前年までからVネックになっただけだが、帽子を赤地にしたことでイメージが変わった
VISITOR 1975~1976 
衣笠祥雄
75年の初優勝決定は、後楽園球場でのこと。したがって、その瞬間にナインが着ていたのは、このビジターユニフォームになる。胸の『Hiroshima』の書体は今に受け継がれている
ファンへの浸透度という意味では、現在使用されているモデルがNo.1だろうが、球団の歴史ということを考えると、印象の深さでは何と言っても初優勝を果たした1975年のユニフォームにとどめを刺すだろう。
このユニフォーム、丸首からVネックになったこと以外、デザイン自体は73年から74年に使用されたモデルと同じだが、この年、カープの印象を変えたものは「帽子」だった。
75年に就任したルーツ監督は、「闘志の色」として、帽子をそれまでの紺地から赤い地色に変えたのだ。これに伴い、ヘルメットも赤に。これが「赤ヘル」の誕生だった。
最初は・・・
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