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色褪せぬ夏、青春の甲子園 熱戦の記憶

<思い出球児 僕らにとっての夢舞台>田中一也(仙台育英高・投手)「最後の攻撃の前に『まだ投げたい』と。まさか、本当に投げられるとは」

 

一カ月ぶりの実戦登板。2点ビハインドの8回裏に初めて聖地のマウンドに立つ。ゲームの流れを変えるピッチングで9回表へ。最終回は右腕も想像できない展開だった。
取材・構成=壁井裕貴

現在は草野球チームで投手をしている[写真=本人提供]


もう1イニング投げたい


 14年経っても、毎年語り継がれる熱戦がある。92回大会5日目の第2試合1回戦・仙台育英-開星。9回の外野守備で勝敗が大きく分かれた。多くの人が試合終了と確信した9回表。サヨナラと信じた9回裏。互いに譲らぬ激戦はレフトのファインプレーで幕を閉じた。6対5で仙台育英が勝利した人々の記憶に残る戦いの裏側には、いったいどんな物語があったのか。逆転のホームを踏み、あのファインプレーをマウンド上で見届けた仙台育英・右のエースが見た9回の攻防とはいったい。

 開星戦で投げたのが、実を言うと1カ月ぶりの実戦マウンド。というのも、宮城大会では、熱中症になって入院していた時期があったんです。野手としては出場していましたが、試合で投げられるまで回復しませんでした。なので、地方大会では左のエース・謙吾(木村謙吾、元楽天)が全部投げてくれました。

 この試合は8回から投げましたが、中盤から肩を作って準備をしていました。謙吾が、同点で迎えた7回に白根(白根尚貴、元ソフトバンクほか)君のレフトへのソロホームランを含む2失点。球数が100球を超えていたのもあって、このタイミングだなと思い、ギアを上げて肩を作りました。ただ、後ろで投げたのは甲子園が初めてでした。なぜなら、新チームになってから、僕が先発を務め、ちょっと崩れてきたところで謙吾がリリーフ登板するのがチームの形になっていたからです。

 2点ビハインドで8回裏からの登板。実を言えば、3万5千人以上の観客が入っている中のマウンドでも、あまり緊張はしなかったです。ゲームの流れを変えるために3人で抑えて9回表に逆転できるようにマウンドに上がりました。コントロール重視である程度力を抑えて投げました。二番から始まる上位打線。二死からランナーを一人出しましたが・・・

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