立大から入団した1958年から、ユニフォームを脱ぐ74年まで巨人一筋17年。背番号3はいつも国民的ヒーローだった。数々の語録、そして年表からミスターを振り返っていく。 
7月17日の大洋戦[川崎]。敬遠球を大根斬りし、ランニング本塁打
1960年 【成績】セ・リーグ2位、打率.334(452打数151安打)16本塁打、64打点 カラーテレビの時代が本格到来した1960年、長嶋は3年目を「勝負の年」と位置付けていた。リーグ最多の三塁打12本、打率.334で2年連続の首位打者。四番打者ながら、リーグ2位の31盗塁を記録した。5月8日から14日にかけて、4試合連続三塁打の新記録を樹立。ところが、故障も影響し16本塁打、64打点にとどまった。5月には左翼へ飛ばせない不振にあえぎ、不眠症になった。
「自分の公約よりも・・・
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