立大から入団した1958年から、ユニフォームを脱ぐ74年まで巨人一筋17年。背番号3はいつも国民的ヒーローだった。数々の語録、そして年表からミスターを振り返っていく。 
アグレッシブなプレーで巨人をけん引し、2年ぶりのリーグ優勝、6年ぶりの日本一を遂げている
1961年 【成績】セ・リーグ優勝(日本シリーズ制覇・対南海)打率.353(448打数158安打)28本塁打、86打点 米ベロビーチで初めてキャンプを張った巨人。ドジャースと合同で行い、生の「ドジャース戦法」を学ぶ場となり、1965年からのV9の礎となった。
長嶋は2年ぶりのリーグ優勝に貢献し打率.353、28本塁打、86打点で、最高殊勲選手に記者投票による満票(175票)で選出された。名実ともに「ミスター・ジャイアンツ」へと駆け上がったのである・・・
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