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ミスタープロ野球 長嶋茂雄追悼号

<年表>1936→2025年 燃える男・長嶋茂雄の軌跡

 

1936年から89年の生涯に幕を閉じた。「野球とは、人生そのもの」と、最後まで熱き情熱をかけて白球と向き合ってきた。多くの記憶と後世に残る数字、そして人を残している。

燃える男。打席ではフルスイング、三塁守備ではアグレッシブなプレーを展開。現役生活17年、すべての所作でファンを魅了し続けた


1936年2月20日
千葉県臼井町(現佐倉市)生まれ

1954年3月
佐倉一高卒業

長嶋茂雄氏の地元は千葉県佐倉市。写真は佐倉一高[現佐倉高]時代[写真=BBM]


1954年4月
立大入学

1957年11月3日
東京六大学野球新記録の8号本塁打
1957年12月7日
巨人入団発表。背番号3

1958年4月5日
開幕戦(後楽園)で国鉄・金田正一投手に4打席連続三振
1958年4月10日
大洋戦(後楽園)で権藤正利からプロ初本塁打(22打席目)
1958年10月23日
29本塁打、92打点のタイトル2冠で新人王受賞

1959年6月25日
プロ野球初の天覧試合(対阪神)でサヨナラ本塁打
1959年10月22日
初の首位打者(打率.334)

1961年10月16日
初のセ・リーグMVP

1963年11月4日
日本シリーズで初のMVP受賞

1964年6月20日
国鉄戦(後楽園)で金田正一から通算1000安打

1971年5月25日
ヤクルト戦(神宮)で通算2000安打達成(大卒初)

1972年6月22日
中日戦(中日)で通算400本塁打

1973年11月1日
巨人が日本シリーズ9連覇

1973年はV9を達成。74年に引退するまで、大きな離脱をすることなく、現役生活17年を走り続けた



1974年10月14日
現役引退。後楽園で引退セレモニー
1974年11月21日
巨人監督就任

1975年10月10日
球団史上初の最下位

1976年10月16日
セ・リーグ優勝

1977年9月23日
セ・リーグ連覇

引退翌年の75年に監督就任。1年目には屈辱の球団史上初の最下位を経験するも、2年目、3年目[写真]とセ・リーグ連覇を遂げている



1980年10月21日
監督辞任

1988年
野球殿堂入り

1988年には野球殿堂入りした



1992年10月12日
巨人監督に復帰

1994年10月8日
シーズン最終戦で同率首位の中日に勝利してリーグ制覇
1994年10月29日
西武との日本シリーズを制し、監督として初の日本一

1996年10月6日
首位・広島と最大11.5ゲーム差を逆転してのリーグ優勝

2000年9月24日
セ・リーグ制覇
2000年10月28日
日本シリーズでダイエー・王貞治監督との「ON対決」を制して日本一

2000年は王貞治監督が指揮するダイエーとの「ON対決」を制して、6年ぶりの日本一に輝いた



2001年6月28日
中日戦(札幌ドーム)で監督通算1000勝
2001年9月28日
監督退任
2001年10月
終身名誉監督に就任

2002年12月2日
日本代表監督に就任

2003年11月7日
アテネ五輪アジア予選で代表権を獲得

2004年3月4日
脳梗塞で入院
2004年8月
アテネ五輪の指揮を断念(日本代表は銅メダル)

日本代表監督として2003年、アテネ五輪への出場をかけたアジア予選を率い、出場権を手にした。本大会では体調不良のため指揮できず、中畑清氏が監督代行を務め、銅メダルを獲得している



2013年5月5日
松井秀喜氏とともに国民栄誉賞を受賞

2013年5月5日、政府は長嶋さん、松井秀喜さんに国民栄誉賞を授与


同日の広島戦[東京ドーム]では長嶋さんが打席に立ち、松井さんが投手、原辰徳監督[当時]は捕手で始球式のセレモニーが行われた



2021年7月23日
東京五輪の開会式で王貞治氏、松井秀喜氏とともに聖火ランナー
2021年10月26日
野球界から初の文化勲章を受章

2025年6月3日
肺炎のため、東京都内の病院で死去。89歳

【年度別成績】

※順位の文字白抜きは日本一、赤字はリーグ1位[最多安打は当時表彰なし]


【受賞歴】[日]は日本記録[セ]はセ・リーグ記録
◆[セ]首位打者 6回(1959〜1961,1963,1966,1971)
◆[日][セ]最多安打 10回(1958〜1963,1966,1968〜1969,1971)
◆本塁打王 2回(1958,1961)
◆打点王 5回(1958,1963,1968〜1970)
◆最優秀選手 5回(1961,1963,1966,1968,1971)
◆最優秀新人(1958)
◆[日][セ]ベストナイン 17回([三塁手]1958〜1974)
◆特別賞(連盟特別表彰) 2回(1962,1974)
◆ダイヤモンドグラブ賞 2回([三塁手]1972〜1973)※72年制定
◆<日本シリーズ>最高殊勲選手 4回(1963,1965,1969〜1970)
◆<日本シリーズ>優秀選手 2回(1966,1972)
◆<日本シリーズ>打撃賞 2回(1969〜1970)
◆<オールスター>優秀選手 1回([第3戦]1966)
◆<オールスター>敢闘賞 4回([第1戦]1967[第2戦]1973〜1974[第3戦]1971)
◆<オールスター>打撃賞 7回([第1戦]1971[第2戦]1960〜1963[第3戦]1966,1971)
◆[日][セ]最多連続試合三塁打 4(1960/5/8〜5/14)
◆[日][セ]三塁手・通算最多試合出場 2172
◆[日][セ]三塁手・最多連続守備機会無失策(シーズン) 214 (1969/7/17〜10/9)
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