
貯金1のリーグ3位。チーム成績が芳しくなく、表情も曇りがちだった
1980年、スローガンに「
巨人維新」を掲げた。5位に終わった79年のシーズン後、
青田昇がヘッドコーチとして27年ぶりに復帰。伊東キャンプでも若手を徹底的に鍛えた。ところが、週刊誌記事に端を発し、1月に辞任。長嶋監督は側近を失ったが、オープン戦は12連勝を含む13勝2敗の好成績を収め、シーズンに入る。
だが、その後は凡ミスの連鎖。1点差のゲームで競り負ける展開が続く。負けが込み、ファン、OBだけではなく、球団や親会社からも批判が高まる中、長嶋監督は耐え続けた。
8月11日の大洋戦(横浜)では・・・
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