巨人が「V10」を逃した1974年10月12日、長嶋茂雄は現役引退を発表。2日後、後楽園球場でリーグ優勝を遂げた中日とのダブルヘッダーが行われた。栄光の背番号『3』のラストゲーム。第2試合の8回から2イニングを任されたのは、長嶋の立大後輩に当たる3年目右腕だった。 取材・文=岡本朋祐 写真=BBM 
長嶋第一次政権の1年目、入団4年目の横山は自己最多8勝を挙げた
打者6人を完全救援
6月6、7日に近親者のみで執り行われた長嶋さんの通夜・告別式に参列した。心の整理はできていない。
「私からすれば、神様のような人。3日のニュース速報を見て衝撃を受けました。まだ、現実として受け入れられない部分もある。長嶋さんとは一緒に野球をやらせてもらい、監督時代も3年間、同じユニフォームを着させてもらいました。ともに巨人で戦った選手、OBの人たちとお見送りができたのは良かったです」
立大では東京六大学リーグで通算16勝を挙げ、3年秋の東大2回戦ではノーヒットノーランを達成。72年ドラフト1位で巨人に入団した。1年目から10試合に登板してプロ初勝利。2年目も10試合で2勝を挙げた。3年目の74年は最後のダブルヘッダーを迎えるまで、5試合の登板。7月7日の
ヤクルト戦(神宮)を最後に、一軍での出番はなかった。
「一軍と二軍を行ったり来たり……。大した選手ではありませんでした」
10月14日のダブルヘッダー第2試合。超満員で埋まった5万人の大観衆は、長嶋さんの最後の雄姿を目に焼きつけていた。序盤から巨人が主導権を握り、10対0の8回表、横山は
川上哲治監督から三番手に指名された。
「2日前までは二軍にいた私を一軍に上げてくれたんです。川上さんの頭の中に『大学の後輩』という配慮があったのか……。確認はしていませんが、感謝の言葉しかありません」
8回表は投ゴロ、三振、二ゴロ。9回表は左飛、遊飛、右飛。2回、打者6人を完全救援した。無我夢中の23球。どんな思いだったのか。
「すでに中日のリーグ優勝も決まっていますから・・・
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