昨年、創設90年を迎えたプロ野球は、記録とともに歩んできた歴史である。ここからは2025年、NPBに刻まれた数字を深堀りしていく。まずは、平成生まれ初の2000安打を遂げた浅村栄斗の独占インタビューだ。試合後、本拠地のお立ち台で声を詰まらせたシーンは、記憶に新しいところ。濃く、深く、ファンの心に刻まれた涙の真相に迫った。 取材・構成=阿部ちはる 写真=桜井ひとし、高原由佳、毛受亮介 
浅村栄斗[楽天/内野手]
込み上げた「感謝」の二文字
1956年、巨人・川上哲治の快挙から69年。史上56人目、平成生まれ初の2000安打達成者となった。これまで本塁打王、打点王、ベストナイン、ゴールデン・グラブ賞など数々のタイトルを獲得し、あらゆる記録に到達してきた。だが2000安打だけはこれまで感じてきたものとは少し違う感情が芽生えたという。豪快なフルスイングと勝負強さを持つ一方、繊細で努力家。そんな背番号3が等身大の言葉で快挙達成を振り返る。 ──5月24日の
日本ハム戦での2000安打達成、おめでとうございます。本拠地・楽天モバイルでの快挙達成となり、お立ち台のあとには外野スタンドのファンとの万歳三唱にも参加。勝利ゲームでは恒例の光景ですが、浅村選手の姿がそこにあるのはとても印象的でした。
浅村 ありがとうございます。万歳三唱に参加したのは初めてでした。基本的には若い選手が行くことが多いので、あの日も行く予定ではなかったのですが、大地(
鈴木大地)さんと貴也(
田中貴也)に「行こう!」と誘われ参加しました。あの日は特別でしたので。
──ファンにとっても、貴重な時間になったと思います。そして2000安打はプロ野球史上56人目の快挙です。
浅村 これまで僕もいろいろな記録を作ってきましたが、気持ち的には2000安打はちょっと別格だなと感じました。それは2000安打を達成している人の気持ちというか、どういう感情や感覚でやっていたのかなというのを、2000本目を打ったときに分かったというか、みんなつらかったのかな、とかを考えたんですよね。そういう思いをしていない人もいるとは思うのですが、歴代の方々に思いを馳(は)せる瞬間になった感じがします。そういう感覚はほかの記録では出てこなかったので、あらためて2000安打は特別なんだなと思いましたね。
──6月5日には史上57人目となる2000試合出場を達成しました。安打数、本塁打数も含め積み重ねてきた数字をどのように感じているのでしょうか。
浅村 まず思うことは、今まで使ってくれた監督、コーチがいてのここまでの数字ですので、その気持ちを忘れてはいけないなと。記録を達成するたびにそのことをあらためて思い返す部分でもあります。1年、2年で達成できるものではないので、1年1年しっかり積み重ねてやってきた証しがこの記録。続けてきて良かったなと思いますし、続けさせてもらった首脳陣の方々には感謝しかないですね。状態がいいときばかりではなく、調子が悪い時でも信じて使い続けてくれた首脳陣、常に気を配って体のケアをしてくれたトレーナーの方々には感謝したいです。
連続試合出場との葛藤
快挙達成までの道のりは決して平坦ではなかった。歴代の達成者も残り10本を切ってからヒットのペースが落ちることは多いが、浅村は残り9本とした4月27日のソフトバンク戦(楽天モバイル)以降、自己ワーストとなる35打席連続無安打、残り2本としてからは17打席連続無安打など、苦しく長い道のりに。さらに5月20日の西武戦(盛岡)では2015年8月8日から続けてきた連続試合出場も1346試合(歴代4位)でストップし、気持ちを立て直す難しさを感じながらのプレーが続いた。 ──2000安打という記録までをあらためて振り返ったときに一番苦しかったこと、想像以上に難しかった点とはどういった部分だったのでしょうか。
浅村 自分の中で、すごく周りに迷惑をかけてしまっているなと感じていました。迷惑ということではないと思うのですが・・・
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