新型コロナの感染拡大は選手を獲得するスカウトたちにも大きな影響を与えた。約40年にわたって中日でその役割を担っていた大ベテランのスカウトに当時を振り返ってもらった。 取材・構成=牧野正 写真=BBM 
2020年夏の甲子園交流試合。各球団のスカウトたちも視察人数が制限され、ソーシャルディスタンスを取るなど、いつもとは違う特別な夏となった
見れば見るほど判断に迷う選手も
あの年、私は立場もアドバイザーになっており、一線から退いていましたけど、各球団のスカウトは本当に大変だったと思います。例年のように現場に足を運べず、調査活動も制限されてしまいました。
阪神淡路大震災が起きたときでも(1995年1月)、2カ月後の春のセンバツは開催されています。甲子園大会が中止になるなんてよほどのことがない限りありえない。でも新型コロナの感染拡大による影響は、それだけ脅威だったということです。
選手を見るのがスカウトの仕事です。しかしそれができなくなったわけです。学校は休校になり、練習や試合などが中止になり、選手も大変だったと思いますが、スカウトも選手を見るという仕事ができなくなって大変でした。どこの会社もそうだったと思いますが、リモートでの仕事が多くなり、出社は最低限の範囲内で、有給休暇を使って休みを取得してくださいと働き方自体が、世の中が変わりました。スカウトも練習や試合で選手を見に行くとなれば、その準備のために自分なりの資料を作成しますし、選手を見たあとにはレポートや試合結果をまとめたりという作業を行いますが、それも必要なくなった。ただ、それは12球団のスカウトが平等でしたから、じたばたしても仕方がないという気持ちではいたように思います。
あのコロナ禍でスカウトは選手を見る機会が失われました。でもだからといって・・・
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