プロ野球がセ・パ両リーグに分かれた1950年から昨年まで、75年。球界全体の平均打率や3割打者の人数は、時代背景や環境などの要因で変化し、「打高投低」の時代も、「投高打低」の時代もあった。3割打者が極端に少ない近年は、空前の「投高打低」の時代なのか。 ※折れ線グラフはその年の両リーグ全選手平均打率。棒グラフは規定打席以上の3割打者の人数 セ・パ両リーグが創立された1950年の時点で球団数はセ8、パ7の計15。1リーグ制最終年の49年の8からほぼ倍増し、選手の絶対数が不足していた。
現在と同じ両リーグ6球団の12球団に落ち着いたのは58年。あの「ミスター・プロ野球」
長嶋茂雄が
巨人からデビューした年だが、65年から巨人が9年連続日本一を達成したように、この時代はまだ「強いチーム」「弱いチーム」の差が大きく、優勝未経験の球団も複数あった。「あの時代、クリーンアップ以下の下位打線は怖くない打者が多かった」という話も聞く。
様相が変わるのは・・・
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