優勝に最も貢献した選手と言っても過言ではないだろう。ここからはVを果たしたシーズンでMVPに輝いた選手たちの逸話をクローズアップ。まずは1985年、三冠王に輝く働きで強いインパクトを残したランディ・バースだ。最強助っ人は浪花節を忘れなかった。 文=田所龍一(スポーツライター) 写真=BBM
文中敬称略 
リーグ優勝時にはナインの手によって胴上げされた
全治2週間の剥離骨折
打率.350、54本塁打、134打点で堂々の三冠王。チームを21年ぶりのリーグ優勝に導き、そして球団史上初の日本一を手にしたランディ・バース。だが、そんな1985年のシーズンで、忽然(こつぜん)と姿を消した試合があることを、ほとんどのファンは覚えていないだろう。“消えたバース”のことを書こうと思う。
その日は突然やってきた。8月1日、甲子園での
中日16回戦の試合前のことだ。練習にバースの姿がない。トレーナーに連れられタクシーで病院に向かったという。まさか? そのまさかだった。前日の中日15回戦で自打球を右足のくるぶしに当て、その痛みが1日たっても引かず、歩くのも困難な状態だというのだ。診断は「右足根骨」の剥離(はくり)骨折、全治2週間。
「ええっ、2週間もバースがいなくなるって!」
ネット裏は騒然となった。この時点でのバースの成績は打率.348、32本塁打、81打点に勝利打点12。セ・リーグの四冠王を驀進(ばくしん)中。8月6日からの《長期ロード》を前に、そのバースが2週間も戦列を離れる。痛いどころか、吉田
阪神最大のピンチである。ネット裏の記者席では議論が百出した。
「三番は誰が打つんや? というより誰が一塁を守る?」
「渡真利(
渡真利克則)や吉竹(
吉竹春樹)ではまだ荷が重いで」
「一塁は岡田(
岡田彰布)か佐野(
佐野仙好)を回すしか手はないやろ」
ところがこの岡田、佐野のコンバート案に・・・
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