もともと「練習嫌い」だった。しかし「このままではダメだ」と気づいた高校2年、心を入れ替え奮起した結果、自分でも驚くほどの成長を遂げる。今春は強豪私学を撃破。ポテンシャルの高さを示し最後の夏を終え、プロ志望届を提出。あこがれの世界への扉が開くのを待っている。 取材・文=斎藤寿子 写真=金城聖子 
野球を始めた当初は野手だったが、球の強さを買われ投手に転向。球威がどんどん上がっていくのが楽しかったという
強豪私学に完投勝利
転機が訪れたのは、今年4月のことだ。春季神奈川大会初戦(2回戦)、春夏を通じて甲子園5回の出場を誇る桐光学園高を相手に5安打1失点で完投。目標としてきた「打倒・強豪私学」を達成し、当時部員わずか11人のチームを勝利に導いた。この試合、さえわたったのはストレートだ。球速こそ130キロ台ながら打者の手元で伸び、桐光学園高の打者たちを最後まで手こずらせた。特に1点リードで迎えた9回裏、先頭の好打者で主将・白鷹悠人を右飛に抑えた投球は、ポテンシャルの高さを示すのに十分だった。
高校2年で訪れた転機
野球を始めたのは、小学2年時。親戚の“お兄ちゃん”の練習について行き、「かっこいい!」とあこがれたのがきっかけだった。はじめは野手だったが、上級生にも劣らない球の強さを監督に買われ、4年生からは投手に転向。同学年の中では常にエースだった。「当時はどんどんスピードが速くなっていくのが楽しかった」と語る。
中学では軟式野球部でプレー。力強さを求めて食事やトレーニングに励んだものの、どれだけ食べても体重はなかなか増えず、細身の体は思うようには変わらなかった。それでも体幹トレーニングを続けながら投球フォームを修正。現在、最大の魅力とされるしなやかなフォームのベースは、このときにつくられたものだ。
公立校の大師を進学先に選んだのは・・・
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