NPBの実働9年間(1992〜2000年)で1278安打、MLBの実働19年間(01〜19年)で3089安打。日米通算4367安打を残した大打者・イチローは、本誌誌上でも数々の名言を発している。野球人生でターニングポイントとなったインタビューから3つを紹介する。 愛工大名電高からドラフト4位で
オリックスに入団した1992年の時点では、当然ながらそこまで注目を集める存在ではなかった。
同年は大半の時間をファームで過ごし、7月17日にジュニアオールスター(東京ドーム)に出場。代打で決勝アーチを放ち、MVPに選ばれた。以下はその直後、オリックスの合宿所で週刊ベースボールがインタビューしたときのものだ。聞き手はキャスターの須田珠理さん。
──8回表に代打のときはピッチャーが
有働克也さん(大洋)。どのような気持ちで打席に。
「とりあえず塁に出ようと考えていました。僕は内野安打が多いので、三遊間に転がしたいと思っていました」
──それがなんとホームラン。打てそうだなと思っていたんですか。
「いいえ。相手は一軍の投手ですから。でも、名前が知られた投手だったんで、有働さんや石井君(
石井一久。
ヤクルト)はぜひ勝負したいと思っていたんです」
──オリックス勢では
田口壮選手だけ賞をもらえなかった。田口さんとはよく話をするそうですね。
「試合前、どっちがMVPでも100万円は山分けするという約束だったんです。それで『50万は田口さんに』って言ったんですけど……」
──田口さんはなんて。
「『いらんわ』って(笑)」
──翌日の新聞では・・・
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