初の開幕投手から始まった2025年シーズンは、ファームでの登板を含めて計2030球を投じた。1年間を走り抜けたことで、目標は明確になった。前向きな気持ちで練習に取り組むことができた秋。2026年に向けた言葉には、力強さがみなぎっていた。 文=長谷川晶一 写真=太田裕史、BBM 喜びと重圧を覚えた2025年開幕投手指名
「本当のことを言うと、今までのインタビューはウソばかりでした……」
取材終了間際の奥川恭伸の言葉だ。
「本当は大丈夫じゃないのに“大丈夫です”って笑ったり、本当は痛いのに“痛くないです”って言ったり。でも、今は本当に来年が楽しみなんです」
プロ入り以来、波乱万丈の日々を過ごしてきた。6年目を終えた今、初めて心から納得のいくオフシーズンを過ごしている。11月上旬、松山で秋季キャンプ中の奥川の現在地を直撃した。 ──順調に秋季キャンプを過ごしているようですが、あらためて奥川投手にとって今季はどんな1年でしたか。
奥川 昨年の今ごろ、「来季は1年間離脱なく過ごす」という目標を掲げて、その点はしっかり達成できたと思います。でも、開幕からなかなか勝てなくて、とても苦しい経験もしたシーズンでした。
──昨年のオフには「10月から1月の4カ月間のプログラムを消化して、万全の状態でキャンプに臨む」と発言しています。この点は順調にいったのですか。
奥川 キャンプのときに一度だけ腰を痛めて離脱がありましたけど、数日ですぐに戻ってこられました。それ以外は順調だったかなと思います。
──就任6年目となる
高津臣吾前監督が掲げたチームスローガンは『捲土(けんど)重来』でした。その大事な初戦となる開幕戦を託されましたが、これは、いつどのタイミングで告げられたのですか。
奥川 広島戦ですね。(3月8日)オープン戦で登板した次の日にマツダスタジアムの監督室で告げられました。開幕投手の予感はまったくなかったけど、ほかのピッチャーの登板予定を考えたときに、何となく「ローテには入らせてもらえそうだな」という思いはありましたね。
──開幕戦というのは143分の1であると同時に特別な1試合でもあると言われますが、大事な初戦を託されたときにはどのような心境でしたか。
奥川 これまでも一軍の試合を投げさせてもらうことありましたけど、やはり雰囲気は特別なものがありましたね。
──後に高津監督は、「ヤス(奥川)を開幕に起用することで、今年のヤクルトは奥川中心で戦っていくというメッセージも込めた」と語っています。
奥川 直接、言われたわけではないけど、監督の言動から、そういう意図みたいなものは感じていました。うれしい半面、少しプレッシャーはありました。
──当然、意気に感じる思いもあるし、プレッシャーもあると思います。喜びと重圧、どちらが大きかったですか。
奥川 開幕を任されたときにはあまりプレッシャーはなくて、むしろ本当にうれしい気持ちが大きかったんです。でも・・・
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