新たなシーズンへ向け、動き始めたヤクルトを大特集。5年ぶりに最下位に沈んだチームの再建を託されたのは、現役時代、豪快なスイングでファンを魅了した池山隆寛だ。6年間の二軍監督を経て、いよいよ神宮球場で指揮を執る。「もう一度手を取り合って、強いチームをつくりたい」就任会見の場で、意気込みを熱く語ったが、果たしてどのように、その強さを取り戻していくのか。新監督の言葉を入り口に現在地を紐解いていく。 文=長谷川晶一 写真=太田裕史、兼村竜介、桜井ひとし、BBM 
ヤクルト・池山隆寛監督
課題が山積みの現状で新チームをつくっていく
「課題はエースがいないこと。そして四番打者がいないこと。つまり、そもそもチームとして機能していないこと。だから強化ポイントはすべて。やるべきことは本当に多いですよ」 2026年シーズンからチームを率いることになった池山隆寛新監督の言葉である。
高津臣吾前監督の下、21年には日本一、22年にはリーグ連覇を果たしたものの、チームはその後、下位低迷が続いている。さらに来季からは、不動の四番・
村上宗隆のメジャー移籍が決まっている。そんな状況下で古巣の再建を託された。
「高津監督とは6年間、苦楽を共にして、いいときも悪いときも過ごしてきました。今年はケガ人が続出し、苦しい戦いを強いられた。チームとしても苦しかったし、僕自身も苦しかった。自分の力は微力かもしれないけれど、今は戦力を見極めながら、新たにチームをつくっていく。そんな段階にあると考えています」 冒頭に掲げたように、現状の課題は「チームとして機能していないこと」にある。やるべきことは多い。新監督が語った2つの課題、「エースがいないこと」「四番打者がいないこと」をどのように解決していくのか? 池山は言う。
「先発投手に関しては、就任会見で名前を挙げた奥川(奥川恭伸)、高橋(高橋奎二)を筆頭に、吉村(吉村貢司郎)、山野(山野太一)、小川(小川泰弘)、石川(石川雅規)、高梨(高梨裕稔)など、ある程度の枚数はそろっています。その中で、どうやって個々人に自覚と責任を持たせるか? どうやって柱を作り上げていくか? 開幕までまだ時間がある中でのわれわれの課題だと思っています」 就任会見の席上、新監督は「打ち勝つチームをつくりたい」と宣言した。現役時代に強打の遊撃手として活躍した池山ならではの発言だった。
「自分が主力だったころのヤクルトには30本近く打てる選手が4人もいました。野球というスポーツは相手より1点でも多く点数を奪うゲーム。“いかに失点を防ぐか”ということももちろん大切だけど、“いかに相手より1点でも多く奪うか”を追い求めたい。ひと振りで点数が入るホームランは、やはり野球の大きな魅力の一つですから」 1990年代前半、
野村克也監督時代には池山を筆頭に、
古田敦也、
広沢克己(克実)、
ジャック・ハウエルと一発が期待できる大砲がズラリと並んでいた。一方、2025年ヤクルト打線が放った本塁打は全部で90本。チームトップ22本の村上がチームを去り、14本の
オスナ、12本の
山田哲人と続くが、打者有利の神宮球場を本拠地としながら、2ケタ本塁打が3人では物足りない。
「四番打者は、そう簡単につくり出せるものじゃないということはよく理解しています。助っ人の力を借りるのか、それとも現有戦力の中から出てくるのか、現時点ではまったく未定。ぜひ、誰かが出てきてほしい。春季キャンプで誰が適任なのかを見極めていきたいと思います」 現役時代には「ブンブン丸」と呼ばれ、スター街道を一気に駆け上っていたころ、指揮官を務めていたのは、今は亡き
関根潤三である。関根は「どれだけ三振してもいいから、思い切り振ってこい」と、若き才能の芽を摘むことなく、常にフルスイングすることを命じていた。
「関根監督がいたから、今の自分があるのは間違いないです。チームとして勝利を求めつつ、個人として若い選手を育てていくこと。監督となった以上、その両方を求めていくのは当然のことだけど、将来を担っていく選手に対しては、ある程度の辛抱が必要になる。もちろん、その覚悟は持っています」 「関根イズム」「野村の教え」 いいとこ取りを目指して
関根の後を受けた野村は、1990年の監督就任時に「1年目に種を蒔(ま)き、2年目に水をやり、3年目に花を咲かす」と宣言し、就任3年目となる92年にリーグ制覇。翌93年に日本一となり、有言実行を果たした。新監督に具体的な展望を尋ねると・・・
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