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2025日本一 福岡ソフトバンクホークス 王イズム継承

<球団OBの視点>柴原洋(元ダイエー・ソフトバンク) ホークス文化の神髄 Bクラスからの意識改革

 

21世紀以降、リーグ優勝9度、日本一8度に輝いたソフトバンク。王監督就任4年目の1998年に勝率.500になるまで3年連続での借金生活が続いた。Bクラスが定位置だったチームから優勝が義務付けられるまでの過程を、見てきた当事者が回顧する。
取材・構成=壁井裕貴 写真=BBM

プロ入り2年目で打率3割を打ち、レギュラーを獲得。以後ホークスのリードオフマンとして、打線を引っ張った


「1勝」への執念


 1995年に王(王貞治)さんがダイエーの監督になると聞いたときは、本当にビックリしました。福岡だけでなく、巨人ファン、日本中が驚いたことだと思います。当時のチームは、Bクラスが当たり前。ましてや、王さんは福岡とは縁もゆかりもありません。今で言うと、関西育ちの阪神の選手が、巨人の監督をするぐらいの大きな出来事です。

 私は王監督就任3年目の97年にダイエーに入団します。王さんのイメージは、皆さんと同じく、物腰が柔らかくて優しい印象がプロ入り前にはありました。実際に会ってみるとすごくオーラがあったのを覚えています。ただ、ユニフォームを着ると、180度違う怖い人、勝負師に変貌します。当時は、135試合制だったのですが、「シーズン135勝を目指す」と選手たちに常に言っていました。

 たとえ9回に10点差をつけていても、「11点取れば、勝てるんだ!」と27個目のアウトを取られるまで、決してあきらめない姿勢を毎試合見せていました。だから私たち選手も「あの世界の王さんに恥ずかしい思いをさせてはいけない」という気持ちになり・・・

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