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2026大志を抱くルーキーズ

<アマチュア指導現場の育成力/高校編>なぜ、福岡大大濠高から好投手が輩出されるのか 成長のカギ握る「2本柱」

 

八木啓伸監督がコーチとして母校に携わるようになったのは2004年。10年に監督に就任し、指導者として15人の教え子をNPBへと輩出してきた。特筆すべきは投手10人(監督就任以降8人)を送り込んでいることにある。同校でピッチャーが育つ土壌と、その背景を探ってみた。
取材・文=岡本朋祐

2021年春のセンバツ8強左腕・毛利は明大を経て、25年のドラフト2位でロッテから指名を受けた


ブルペンでの見極め


 2025年10月23日のドラフト会議で明大・毛利海大がロッテ2位指名を受けた。福岡大大濠高の出身者がNPB入りするのは7年連続だ。八木啓伸監督は、うれしそうに語る。

「明治大学さんで徐々に責任を持たせてもらい、成長曲線としては理想的だったと思います。4年間で着実に実力を伸ばして、良い形でした」

 2年秋までは東京六大学リーグ戦で1試合登板。3年春から救援で実績を重ね、シーズン終盤からは先発を任された。同秋からはエースを意味する1回戦の先発に定着。だが、同秋、4年春と早大との優勝決定戦で敗退。毛利は早大・伊藤樹(楽天2位)との先発対決に屈し、悔し涙を流した。集大成の4年秋、明大は早大のリーグ4連覇を阻止。毛利は4勝を挙げ、満票でベストナインを受賞し、有終の美を飾ったのである。

 福岡大大濠高では3年春のセンバツ甲子園で、4年ぶりの8強進出。三浦銀二(元DeNA)-古賀悠斗(西武)のバッテリーを擁した17年春以来の準々決勝進出を果たした。左腕・毛利はNPBスカウトから注目される存在だったが、大学進学を選択した。八木監督はこう明かす。

「銀二(高校3年時に侍ジャパンU-18代表でプレー)と毛利に関しては、よく話をしました。右と左で違いますが、体のサイズ、投げているボールの質、制球力とタイプが似ているんです。プロ志望届を提出していれば、下位指名はあったかもしれません。ただ、指導者としては『長く豊かな人生を送ってほしい』という考えがあります。もう一つ修羅場を経験し、技術を磨いたほうがいい、と。そこで大学進学かと思いました」

 大学経由では・・・

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