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2026背番号物語 誇り高きプロの象徴

【背番号『1』の輝き】西武・栗山巧インタビュー 伝統と歴史を背負って「『1』は今の自分以上のものを出してくれる力がある」

 

今年を「締めくくりのシーズン」と宣言したライオンズの背番号「1」。球団では最長の19年、栄光のナンバーを背負っているが、その重みは十分に感じている。ラストイヤーも「1」とともに生き様を見せていくだけだ。
取材・構成=小林光男 写真=兼村竜介、梅原沙織

西武栗山巧[外野手]


レジェンドと違うタイプ


 6年目の2007年に112試合出場して打率.278、5本塁打、29打点を残した。プロで初めて100試合出場超えを果たしたが規定打席には達していない。期待のホープではあったが実績はまだ乏しい背番号「52」に同年オフ、「1」が与えられることになった。08年は渡辺久信監督が新たに就任し、球団名に「埼玉」が冠せられたシーズン。新たに生まれ変わるチームの旗手として、白羽の矢が立った。

 自分としては「52」のままでも良かったんですけどタイミングはあるんでしょうね。いろいろな意味が込められていたと思いますが、当時はピンと来ていなかったです。実際、なかなか馴染まなかったですね。背中の番号は自分で見えるわけではないですし、グラブやバッティング手袋に縫い込まれている「1」が目に入ると今でも不思議やな、と。「52」が入っているほうが「俺のやな」って感覚になる。「1」に対しては違和感とまでは言いませんけど、不思議な気持ちになってしまうんですよね。

 もちろん、「1」の重みは感じています。他球団でも素晴らしい選手が「1」を着けていますし、ライオンズとしても「1」は非常に重みがある。やはり、黄金時代からのライオンズファンにとっては秋山幸二さんのイメージが強いでしょう。偶数が悪いって言うわけではないですけど、「1」、「3」(清原和博ほか)、「7」(松井稼頭央ほか)。ライオンズでは奇数の1ケタ番号は重みがありますよね。

 秋山さんとは球団の企画で対談したことがあります。そのときに「1」に対して「いや、まだ僕には……」みたいなことを言ったら、秋山さんは「そんなこと言うなよ」と。「俺と栗山はタイプが違うんだから。そんなに固く考えなくていいんじゃないか」とありがたい言葉を言っていただいたんです。

 確かにそうなんですよ。秋山さんは右打ちで、僕は左打ちやし。身体能力や体の大きさも違いますし、秋山さんは華麗なプレーをする。タイプが分かれて・・・

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