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横浜DeNAベイスターズ特集 15年目の進化と挑戦

アンソニー・ケイ(DeNA→ホワイトソックス)インタビュー ヨコハマで得た先発の自信

 

横浜で過ごした2年間は、かけがえのない時間だった。DeNAで先発としての自信をつかみ、日本シリーズ制覇にも貢献。今季からホワイトソックスと2年契約を結び、メジャーの舞台へ戻ったケイ。日本で得た経験、横浜への思い、そして新たな挑戦への決意を語った。アメリカ復帰1年目でも問題なく順調に調整を続けるケイ。横浜で得たものをすべてぶつけるつもりだ。
文=樋口浩一 写真=樋口浩一、Getty Images

昨年から使用していたカタカナで「ケイ」と入ったグラブを手に


日本は最高の経験


――ホワイトソックスと2年総額1200万ドルの契約を結んでアメリカに戻ってきました。いまの心境はどうですか?

ケイ とてもいい気分だよ。ホワイトソックスの選手たちと一緒にいて、お互いのことを知ると、ますます居心地が良くなっていく。今のところ、すべてがいい方向に進んできているね。僕も自信がついてきている。メジャーのスプリングトレーニングでみんなと切磋琢磨するのは、日本時代とはまた違って楽しいよ。

――日本では1年目の2024年にチーム26年ぶりの日本シリーズ制覇。その日本シリーズでは第4戦に先発して7回を無失点で勝利投手と、大いに貢献しました。

ケイ 最高の経験だったね。日本シリーズに限らず、横浜スタジアムの雰囲気はすごかったし、とても気に入っていたよ。僕に対してファンのみんなはとてもよくしてくれたし、チームも大切に扱ってくれた。忘れられない、楽しい2年間だった。それにヨコハマの街も申し分なくて大好きになったよ。僕も妻もおしゃれな街を満喫したよ。

――1年目のレギュラーシーズンでは6勝9敗で防御率3.42。136回2/3で53与四球と安定感を欠きましたが、2年目は9勝6敗、防御率1.74。155回で41四球と大きく成績を向上させました。日本で得たものはなんでしょうか。

ケイ 自信を深めることができたということだね。日本に行った最大の成果は、先発投手として自信を身につけたことだった。アメリカではもともと先発だったけれど、メジャーに昇格してからは、リリーフでの登板が中心(メジャー通算44試合登板のうち、先発は7試合。メジャー1年目のブルージェイズ時代の20年に2試合と、翌21年の5試合のみ。22年と23年はブルージェイズとカブス、メッツで計17試合登板したが、すべて救援)だった。マイナーでも22、23年の2年間で先発は5試合だけだった。そんな僕に対してもDeNAは先発の機会を与えてくれて、本当に感謝している。それをものにすることができて良かったよ。

――日本で身につけた変化球は何かありますか。

ケイ シンカーだね。長いイニングを投げなくてはいけない先発をするに当たって・・・

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