芸能界屈指のベイスターズファンとして知られる、お笑いコンビ・ダーリンハニーの吉川正洋さん。ファン歴は40年以上。チームが勝てない時代も、スタンドから声援を送り続けてきた。球団がDeNAベイスターズとなってからも、その歩みをずっと見つめてきた。そんな吉川さんに、一人のファンとして体感してきた「個人的DeNA15年史」を語ってもらった。 取材・構成=早川大介 写真=BBM 
ダーリンハニー・吉川正洋[お笑い芸人]
ハマスタで出会った運命
東京出身の私が横浜ファンになったきっかけは、横浜スタジアムとほぼ“同期”だからなんです。私が1977年生まれで、ハマスタは78年開業。父が「新しいスタジアムを見せてあげよう」と連れていってくれたその場所で、大洋ホエールズに出会ったわけです。
大洋時代は
屋鋪要さん、
加藤博一さん、
高木豊さんのスーパーカートリオに憧れて、
カルロス・ポンセや
パチョレック、
ジョーイ・マイヤー、
ラリー・シーツ、
レイノルズ(
ブレット)、
グレン・ブラッグス、
ロバート・ローズといった個性的で強烈な外国人助っ人たちやチームカラーに魅了されました。あれからもう40年以上が経ったわけです。
いろんな時代がありましたが、98年はリーグ優勝、そして日本一。「これから黄金時代だ!」と思ったら……そこから「まさか」が待っていた。マシンガン打線も健在で、あれだけ強かったチームが……。ずっと強いままでいってくれるものと思ってライトスタンドで応援していましたが、大きな谷が待っていました。その後には勝率3割台が続いたシーズンも。正直、選手の皆さんも、そしてファンも苦しい時期でしたが、それを乗り越えて今がある。横浜DeNAベイスターズになって15年目、感無量です。
歴代監督が紡いだ日本一
DeNA体制になって、
中畑清監督が来るとなったときは「うん、ああ、中畑監督なんだ」って。ホエールズ時代からジャイアンツには並々ならぬ対抗心があったので、その象徴みたいな方が監督になるんだという複雑さはありました。でも今はもう感謝しかないです。ハマスタに銅像を建ててほしいくらい(笑)。「熱いぜ! DeNA」のスローガンのとおりにキヨシさんの熱気でチームを変えてくれた。キャンプイン直後にインフルエンザで離脱して、隣接のホテルの最上階から視察しているのがスポーツ紙の一面になる。それまでのベイスターズでは考えられなかったですからね。
当時は順位予想も6位が定位置で、それを見ても悔しくもない自分がいました。あのころは・・・
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