1次ラウンドでは順当勝ちを収めながら、ベネズエラとの準々決勝では力負けを喫した。果たしてその理由はどこにあったのか。敗因を探りながら、侍ジャパンの戦いを総括する。 文=樋口浩一 写真=高原由佳、Getty Images 
井端監督は大会後の退任を明言した
先発型重視の弊害
綻びは宮崎強化合宿の前から生じていた。その綻びを繕うことができないまま、最後はベネズエラの強打の前に弱点として露呈した。
投手陣の誤算の始まりは
西武・
平良海馬、
阪神・
石井大智、合宿に突入してからもパドレス・
松井裕樹とリリーフのスペシャリストに故障離脱が相次いだことだった。代役に指名されたのは、
藤平尚真こそリリーフ専門ながら、残る2人は
隅田知一郎、
金丸夢斗という先発型の投手。
井端弘和監督は「球数制限もある中で、イニングをこなせるピッチャーをより多く選んだ。みんなでカバーしていきたい」と、第2先発はもちろん、第3先発までを想定しながら先発型の投手たちを中心にイニングを稼いでいく戦略にシフトした。
だが、相手との力の差があった1次ラウンドはしのいだものの、ベネズエラとの準々決勝では運用面で問題が生じた。先発の
山本由伸がロナルド・
アクーニャJr.に先頭打者本塁打を許すと、ローンデポ・パークの左翼後方にあるブルペンがいきなりバタつく。山本が続く2回にも失点を喫したことで藤平と隅田が何度も肩をつくり直し、戦前に指揮官が口にしていた「負けたら終わり。どんどんピッチャーをつぎ込んでいく」という言葉のとおり、
伊藤大海や
菊池雄星も次々とブルペンへ足を運んだ。観客や相手チームの目にも映るブルペンの慌ただしさは、ベンチの焦りさえ感じさせるものだった。
山本がドジャースからの要請で球数に制限があったこと、3回までに57球を要したこともバタつきに輪を掛けた。いつ投げることになるのか分からない二番手以降の先発型投手たちが、精神面において万全の状態でマウンドに上がれたのかは疑問だ。5回に登板した二番手の隅田、6回からマウンドに上がった四番手の伊藤はいずれも先頭打者に出塁を許し、魅入られるように高めに抜けた直球で2ランと3ランを被弾した。
井端監督は「登板したピッチャーは・・・
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