野村克也、若松勉という優勝経験のある監督の野球を肌で感じながら過ごした選手時代。監督になってからは理想の監督像は掲げなかったが、確かにそれは受け継いでいた。そして現在の池山隆寛監督とも、選手、指導者として同じ釜の飯を食ってきた。近年のヤクルトを知る男が語る、これまでとこれから。 取材・構成=早川大介 写真=BBM 
2015年、リーグ優勝を果たしトロフィーを手にする真中氏
二人の指揮官の野球
野村政権下で成長し、若松政権下で大輪を咲かせた現役時代。二人の指揮官の野球を内側から見たとき、その実態はどんなものだったのだろうか。 ──現役時代は野村克也監督、若松勉監督の下で長くプレーされました。野球の違いはどのように感じていましたか。
真中 やっぱり一般的には、野村監督は「ID野球=データ」、若松監督は「のびのび」というイメージが強いと思うんですけど、実際に現場でやっていると、そこまで単純な話でもないんですよ。野村監督は確かにデータをすごく重視していましたし、ミーティングもかなり細かくやります。相手の傾向だったり、状況ごとの考え方だったり、かなり具体的に詰めていく。ただ、それを聞いた上で、最終的にプレーするのは選手。だから、「すべてをそのとおりにやれ」というよりは、判断材料を与えてくれる、という感覚のほうが強かった。試合中は意外とのびのびやらせてもらっていました。
──いわゆる“管理野球”とは違うと。
真中 外から見ると管理されているように見えるかもしれないですけど、実際は違いました。準備は徹底的にやるけど、プレーは任せる。そのメリハリがすごくハッキリしていた。あと「ヤクルトは何かしてくる」というイメージを持たせることも戦略の一つなんです。実際にやるかどうかではなく、そう思わせることが大事。ID野球はかなり心理的な部分も大きかったと思います。
──一方で若松監督は、より選手に委ねるスタイルだった印象です。
真中 これも“ただ自由”ではなくて、ベースには野村監督時代に培われた「自分で考える」という習慣があるんです。その土台があるからこそ任せても成立する。当時は古田(
古田敦也)さんや池山(池山隆寛)さんのように、しっかりした選手が多く、それぞれが考えて動ける集団だった。だから若松監督も信頼して任せるという形が取れていたんだと思います。
──監督が変わっても、チームの質はつながっていたということですね。
真中 そうですね。その上で若松監督は・・・
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