週刊ベースボールONLINE

ヤクルト監督列伝 スワローズ歴代指揮官の肖像

【ヤクルト/Vへの伝道師】高津臣吾(2020〜25年監督) 背中を押した言葉「勝って浮かれることなく、負けてしり込みすることなくあろう」

 

2020年、新型コロナが渦巻く中で、愛着あるスワローズの監督に就任。歓喜の頂点、屈辱も味わいながら、チームを支え続けた一つの「言葉」があった。選手への心配りと、自らのスタンスを武器に、最前線で指揮。大事な局面で魅せる“情熱”こそが、チーム躍進の原動力へとつながった。
文=長谷川晶一 写真=BBM

就任2年目の21年、6年ぶりのリーグ制覇へと導いた


「絶対大丈夫」に込めた思い


 新型コロナ禍に見舞われ、世界中が恐慌状態に陥っていた2020年、高津臣吾は一軍監督に就任した。以来、6年間にわたって指揮を執り、21年には日本一となり、翌22年には球団史上2度目となるリーグ2連覇を果たした。

 高津がチームに、そして世に送り出した最も象徴的なフレーズは、21年ペナントレース終盤、ナインたちを前に自ら熱弁を振るった「絶対大丈夫」だろう。

 短く、平易なこの言葉が、なぜあれほどまでに選手たちの背中を押し、ファンの心を打ったのか。そこには彼なりの緻密な計算と、選手への深い洞察があった。

「まずは『勝って浮かれることなく、負けてしり込みすることなくあろう』ということを伝えたかった。その上で『常に前向きに予習をして復習をして、明日も頑張ろう』ということも。その思いを込めたのが『絶対大丈夫』という言葉で、僕なりの表現になりました」

 高津はそう振り返る。この言葉は、単なる精神論や楽観主義によるものではない。勝利におごらず、敗北の淵で萎縮もせず、淡々と、しかし情熱を持って明日のための準備を尽くす。プロとして、自分のできることを粛々と遂行していく。その積み重ねの先にしか「大丈夫」と言い切れる根拠はない。優勝目前の心のあり方を熱く訴えかけたのだ。

 そして、この言葉に代表されるように、高津の言葉には独特の力が宿っている。彼への取材を重ねる中で痛感したのは、その滑舌の良さと言い淀みのなさだ。それは単に話し上手であるとか、弁が立つといった表面的な技術ではない。彼が発するひと言、ひと言は、常に自分自身の手で吟味され、血となり、肉となり、骨となって、完全に自身のものにした思考の結晶だった。そこに至るまでには、気の遠くなるような自問自答があったはずだ。グラウンドで、あるいは深夜の監督室で、彼は常に自己の内面と対峙していた。浮かんでは消える感情や思考をろ過し、血肉化させる。

 そうして磨き上げられた言葉だからこそ、インタビュアーが投げかける問いに対しても、理路整然と即座に返答することができたのだ。

 取材者が問うような疑問や課題は、すでに彼の中で「シミュレーション済み」なのである。彼が発する言葉は、純度の高い思考であり、主義であり、指揮官としての哲学でもあった。

21年、オリックスとの日本シリーズは4勝2敗で20年ぶり6度目の日本一。敵地・ほっともっとフィールド神戸の夜空を舞った


令和における「理」の統率


 プロ野球界も時代とともに変容を遂げた。かつての監督像といえば、強烈な父性を背景に、威圧とカリスマ性で選手をけん引するスタイルが主流だった。しかし、現代の選手たちに「黙って俺についてこい」という、背中を見せるだけの指導は通用しない。論理的な説明を欠いた指示は、彼らの心に届かなくなっている。

 高津はその変化を誰よりも敏感に察知していた。「年齢も、経歴も、日本人、外国人も関係なく、ただ一生懸命になって点を取りにいく、点を与えないこと」、これが彼の掲げた一貫した哲学である。

 山田哲人を「哲人」と呼び、村上宗隆を「ムネ」と呼んだ。「ヤス」は奥川恭伸であり、「秀樹」や「壮真」は、それぞれ長岡秀樹であり、内山壮真だった。マクガフは「スコット」、サンタナは「サンティー」、オスナのことは「ホセ」と呼んだ。そこには「監督と選手」という距離を感じさせないための、高津流の心配りがあった。

「優勝」という、最大にして最高の目標を実現するために、彼は自ら言葉を武器にし、選手とのコミュニケーションの最前線に立った。なぜ今、この作戦が必要なのか。なぜ君にこの役割を託すのか。理をもって説き、納得させる。それが現代の集団を動かすための必要最低条件であることを、彼は熟知していた。

真骨頂はバランス感覚


 しかし、高津のマネジメントの本質は「理」だけではない。普段は理知的に言葉を紡ぐ彼が、勝負の分かれ目となる「ここぞ!」という場面で見せる情熱こそが、チームの爆発力を生んだ。それが、勝負所で見せた「絶対大丈夫」だった。

 冷静な分析に基づいた言葉の裏側に、時として、相手の感情を激しく揺さぶる熱い口調を忍ばせる。計算されたロジックと、計算を超えたパッション。アジテーターであり、モチベーターでもあった。この2つを自在に使い分けるバランス感覚こそが、高津臣吾の真骨頂であった。理をもって接し、納得させる。そして情をもって交わり、心を動かす。

 彼が遺したものは、単なる勝敗の記録だけではない。「言葉」という、誰でも使えるツールを、いかにして勝利を引き寄せるための最強の武器へと昇華させるか。そこに腐心した6年間でもあった。

 23年からは、故障者が相次いだこともあって3年連続Bクラスの屈辱を味わい、昨年限りでユニフォームを脱いだ。その悔しさは今でも忘れていない。まだまだやり残したことがあるはずだ。

 ひとまず、監督人生にひと区切りついた。しかし、指導者として、人間としての研鑽はなおも続く。再び指揮官としてグラウンドに戻ってくる日が来るのならば、そのとき彼はどんな指導法でチームを指揮していくのか?

 言葉の人、高津臣吾──。新たにユニフォームを着る日を楽しみに待ちたい。

■2021年ベストオーダー

※△は左打ち


■2021年主な投手スタッフ

※△は左投げ


PROFILE
たかつ・しんご●1968年11月25日生まれ。広島県出身。広島工高、亜大を経て91年ドラフト3位でヤクルトへ入団。93年、シンカーを武器に抑えに転向すると4度の日本一に貢献。最優秀救援投手を4回(94、99年、2001、03年)。04年にホワイトソックスにFA移籍。メッツなどを経て06年にヤクルト復帰。韓国、台湾、BC新潟でもプレーし、12年に現役引退。NPB通算598試合登板、36勝46敗、286セーブ、防御率3.20。14年にヤクルトの一軍投手コーチに就任。17年からは二軍監督、20年からは一軍監督を務め、21年にはリーグ優勝、日本一、22年にはリーグ連覇へ導く。25年まで6シーズンを指揮した。22年に野球殿堂入り。現在は野球評論家。
特集記事

特集記事

著名選手から知る人ぞ知る選手まで多様なラインナップでお届けするインビューや対談、掘り下げ記事。

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング